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木智塾ブログ [#ta571432]

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歴史散歩の会 紀伊・風土記の丘         2022/09/25

久しぶりの東大阪歴史散歩の会。紀伊・風土記の丘に参加する。

JR天王寺駅5番ホーム8:30集合。
最寄りの大阪メトロ今里駅より谷町9丁目を経由して行こうか、鶴橋で環状線に乗り換え天王寺に出るか迷ったが、乗り継ぎが短いと思った、鶴橋経由を選択。
8時過ぎに天王寺駅のホームに到着。5番ホームに行こうとするが乗換案内版に紀州路快速は15番ホームとある。
熊野古道1回目を参加したときは15番ホーム待ち合わせでそこから乗車。
5番ホーム集合もうろ覚えのため15番ホームへ。
だが、15番ホームには誰もいない。リーダーはいつももっと早くこられている。
一人だけ顔を覚えていた人に出会い、確認のため5番ホームへ。
5番ホームにはリーダー以下何人かの人が集合していた。
受付のサインをして、すぐに15番にいるひとに連絡のため、戻る。
5番ホームでの集合であったが8:42発の紀州路快速和歌山行きは15番ホーム発。

今回の道行は前途多難か?
9:52和歌山駅に到着。和歌山バスにて紀伊・風土記の丘へ
バスは狭い道路を車体を軋ませながら結構なスピードで走る。
よく事故が起こらないものだと感心する。
和歌山バスも大阪市の敬老優待パスが使用できた。乗下車がスムーズで便利。
バス停から資料館への道は大きな並木道で、両側に復元された埴輪の出迎えを受けながら進む。

紀伊風土記の丘の銘板

資料館への道

入口横に古墳時代のクスノキの巨木の切り株、大きさに圧倒される。

クスノキの切り株

資料館は外壁に緑泥片岩を小口積みしたシックな装い、窓格子の模様は銅鐸の文様の渦文を図案化したものが用いられ、風土記の丘の期待が高まる。

資料館

しかし、しかし資料館は令和4年9月23日(金)~9月30日(金)まで展示替えのため休館。入場料190円は65歳以上無料なのに。
資料館で貰えるはずの配布資料が手に入らない。残念。
気を取り直して史跡公園内へ。

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直ぐ側の復元竪穴住居へ、古墳時代の生活が体験できる場として整備された。
復元にあたっては、音浦遺跡で発掘された古墳時代後期の竪穴住居跡を元に研究成果や各地の復元住居を参考に施工された。

竪穴住居

住居内部

次に移築民家旧小早川邸を見学し、1号園路を登る。

岩橋千塚古墳群道標

岩橋千塚古墳群案内板

急坂の両側には岩橋千塚古墳群の前山A古墳群が点在する。
何箇所の古墳の石室を巡る。
石室はここで産する緑泥片岩が使われ、玄室、通廊、前室、護道からなる構造は特徴的で岩橋式石室と呼ばれる。
今日も小さなLEDの懐中電灯をしのばせていたので中を照らしながらの見学。
しかし、帰ってパンフレットを読み返してみると照明を設置しています、入り口にスイッチが有り、約2分後に消灯しますとあった。
照明の器具は見えていたのに使用することはなかった。残念。
同じような石室を見学、しかし、復元埴輪が設置されていたA58号墳は見過ごしてしまった。残念。

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道

途中、野ブドウの青い実が涼しげ。

ノブドウ

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1号園路に戻り、展望台から将軍塚古墳へ。

展望台

将軍塚古墳の石室を見学してから知事塚古墳、部長塚古墳を経由して、県内最大規模の前方後円墳の大日山35号墳へ。
ここにはたくさんの復元埴輪が設置されインスタ映えするスポット。

復元埴輪

案内板

復元埴輪

12時をかなりすぎ、大日山古墳を少し降りたところで昼食。
昼食後、1号園路を資料館の方に下る。
途中、花木園、万葉植物園を経由し、資料館に戻り終了。時間は14時ごろ。

花木園古墳

万葉植物園

バス停に戻る。眼の前をバスが出ていく。バスの時間は1時間に1本。残念。
バスで帰る人4人を残し、歩いていけそうなJR田井ノ瀬駅を目指して7人が行く。
約30後、田井ノ瀬駅の西側の踏切が鳴っている。駅には和歌山行きの電車が止まっている。
突然踏切が空いたので慌てて、踏切をわたり、駅に向かうが虚しく電車は出てしまう。
田井ノ瀬駅につき、時刻表を確認する。
14時29分発の電車が出たとこ、次の電車は1時間後。

田井ノ瀬駅

田井ノ瀬駅

何にもない無人駅でただただ1時間を過ごす。残念。
1時間後やっと来た電車に乗り、次の駅和歌山駅へ。
和歌山駅では着いて3分後に大阪行きの紀州路快速が出るらしい。
慌てて、乗り継ぎ、やっと一息つく。
今回は残念の多い道行だった。日頃の行いはこんなにも悪くないと思うが。

ヒガンバナ             2022/09/16

残暑は厳しいがもうすぐお彼岸。
今年もヒガンバナにかこつけて御所に。
花の時期は少し早いかなと思ったが、台風14号や3連休、府民カレッジの口座、お彼岸、敬老の催し等鑑み、出かけることにした。

朝の用事を済ませ、9時頃に出発。道路は少し混んでいる。

まずは、ヒガンバナよりお酒。
御所市の東川酒店へ車を走らせる。
ところどころ、田んぼのあぜにヒガンバナが咲いているのが見える。

東川酒店で「風の森」と「篠峰の秋晴」を購入してから、ヒガンバナスポットの名柄、一言主神社へ。

風の森と篠峰

平日にも関わらず、駐車場はほぼ満杯。辛うじて空いていたところに車を停める。
リュックを背負ったハイキングの人もかなり見かける。

田んぼのあぜのヒガンバナはちょうど見頃。
まだ、蕾ばかりの畝もたくさんあるがきれいに咲いている所も多い。

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田んぼのあぜを下がったり、上がったり、夢中になってカメラにヒガンバナの花を納める。
天気がよく、青い空をバックにかなりいい写真が撮れた。

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写真を取るのを終え、一言主神社へお参り。

一言主神社社殿

賽銭を入れ、一つだけお願いする。
今回は自分のことよりウクライナ戦争の早い終結をお願いした。

ここからJA葛支店、大淀道の駅と巡り、野菜と栗、ぶどう、ナシ、イチジク他を買い求め帰路へ。
予定通り、3時に帰宅。

でも、これから農園へ水やりに。
いささか強行、少しお疲れ。

木の実拾い                      2022/09/12

残暑はなかなか収まりそうにないが、公園の樹木の木の実の出来はどうであろうか。
木の実でリースやストラップ、昆虫等を作っている。
木の実拾いの始まりは栃の実。でも、栃の実がゲットできるところは少なく、在庫も少し残っているので今年はパス。

久宝寺緑地公園へカシワのどんぐりを拾いに。何年か前の台風22号で倒れたり、枝が損傷したりしたが3本の大木がある。
昨年は9/8に行ったがまだあまり落ちでいなくて、9/23では遅かった。

今年は今日、9時過ぎに自転車に跨がる。
布施から近鉄大阪線沿いに走り、俊徳道から長瀬方面へ、途中ショートカットし、長瀬川沿いを南へ、金岡公園の中を通り、旧の細い道を走り、長瀬東小学校前の交差点を抜けて、久宝寺緑地6番入り口に。約45分の道のり。

長瀬東小学校前の交差点の道標

久宝寺緑地6番入り口

カシワの生育しているところはバーベキューゾーンの中で使用制限のネットが張ってあり、利用できない。
北のほうからネットの中に入る、手前のカシワは樹下にどんぐりは落ちていない。木上にはどんぐりはある。

奥のカシワは樹下にたくさんのどんぐりと殻斗が、写真に収め、夢中で拾う。

カシワの木

樹下のどんぐり

樹上のどんぐり

時々、木からどんぐりの落ちる音がする、
時期的にはバッチリ。満足のカシワのどんぐり拾いとなった。

ストラップ用のマテバシイのどんぐりの出来具合を見る。
マテバシイのどんぐりはたくさん出来ていたが、まだ、樹の上に。
落ちるにはまだ少し時間がかかりそう。

マテバシイのどんぐり

マテバシイのどんぐりは大阪城公園、鶴見緑地、長居公園で採取の予定。

帰宅後、どんぐりと殻斗を水で洗い。どんぐりは熱湯で2分ぐらい煮沸。日陰で乾燥させストックする。

今日の収穫物

どんぐりが終わると、栞用の紅葉した葉っぱの採集となる。
採集時期は短く、細かい計画が必要。

放出農園日記                     2022/08/23

農園の状況

8月も下旬を迎え、秋の作業の準備に入らなければならない。
9月初めにはダイコンの種を播かなければならない。
でも、ピンチ。
8月初めからミニトマト、キュウリを処分したあとに石灰や肥料を入れて耕運して準備していたところにベランダで作っていた茎ブロッコリーと芽キャベツを植えてしまった。
もう、2.5mしか新しく植えられる畝は残っていない。
まだピーマン類は元気で9月末までは収穫できる。

ピーマンの状態

今年はサツマイモも頑張って植えたので奥の東西の畝はジャングル状態、収穫は10月はじめの予定。

サツマイモ

また、ビールのつまみにとラッカセイと黒枝豆を作ってしまった、どちらも収穫は10月はじめ?

落花生

黒枝豆 1

黒枝豆 2

一度収穫したレモングラスやバジルも大きくなっている。

バジル

ダイコンを蒔く前にニンジン、キクナ、ルッコラの種を少し蒔いてしまった。
まだ、カブ、ハクサイ、チンゲンサイ、ホウレンソウの種もある。
ダイコンは田辺ダイコン、三太郎、くるりダイコン、辛味大根の種があるが、今年は少ししか作れない。

エンドウの種まきと極早生タマネギの苗の植え付けは11月初めの予定。
9月初めに極早生タマネギの苗作りでプランターに種をまく予定。

農園の面積は6✕3=18㎡、あまり欲張らないほうがいいのだが。

トウガラシの花綱づくり            2022/08/08

今年もトウガラシ(タカノツメ)を春先に2株植えた。
赤く熟した身を採って乾かしながら花綱づくりを行う。
収穫したては実はパンパンに張っていて編みにくいので少し乾かすと柔らかくなり、トウガラシの真ん中に麻紐をきつく絡ませることができる。

栽培しているトウガラシ

最初の収穫したトウガラシは実の赤い部分の長さは7cmぐらいあるが、猛暑時になると3cmぐらいに小さくなって編みにくい。
今日で20連の花綱が11網できた。

トウガラシの花綱づくり

今年はたまたま買ってあったカラーの麻紐があったので使ってみた。
なかなかいい感じだが麻紐としては太さが不揃いで少し扱いにくい。

麻紐他

材料
よく熟したトウガラシ 2~3日干しておく
麻紐 20連で60cm×2×2  15連で50cm×2×2が目安
作り方
1 麻紐を4本、端で結ぶ。60cm×4 私は120cm×2で2本の真ん中で輪を作り一番下としてタグを付けている。結び目が一番下になる。
2 トウガラシを麻紐に編んでいく。トウガラシの大きさが揃わないときは大きなものから編んでいく。吊るしたとき大きいものが一番下になる。曲がったものは仕上がっっときに見かけが悪いのでできれば使わない。
3 編み方は結構わかりにくく、難しいので他のネットかユーチューブで。
4 出来たら、紐にタグを付けて製作日を書いておく。

準備

麻紐に重し

一番大きいトウガラシをセット

2番めをセット

トウガラシを締める

トウガラシを締める

20連トウガラシを締める

端部を結ぶ

残った麻縄を適当に結ぶ

麻縄にタグをつける

完成

放出農園日記  2022/07/24

夏野菜はもう終わり。
キュウリ、ミニトマトはたくさん収穫できたが、今の時期は葉の枯れが多くなり、美味しいキュウリやミニトマトはもう期待できない。
今日は最後の収穫。

今日の収穫

カボチャは3株植えたが受粉がうまくいかず、1個しか採れなかった、それでも1.6kgあったので良しとしなければならない。
ピーマン類は暑さに負けずますます元気でたくさんの実をまだまだ付けてくれる。
タカノツメも赤くなりだしたので花綱づくりを始めた。

タカノツメの花綱づくり

スイカは1株だけ植えたのにミニのわりには4kgぐらいのが2個収穫できた。
もう1個生っているのでしばらく様子見。

収穫したスイカ

昨年鉢で植えていた、レモングラスを2株に分けて農園に植えたところ茂りすぎ、収穫したがどう処理したらいいものか。娘がいると言っているので持っていくが残りはドライにしておくしかないか。

収穫したレモングラス

秋の準備のためとりあえず、キュウリ、ミニトマト、カボチャ、ルッコラーの撤去処分をおこなう。
45lの袋2杯分の量となり、支柱も取り外した。
真昼の作業で熱中症対策をしながら行ったがいい風もあり、予定通り作業は終えた。

撤去前

処分後

今、農園にはサツマイモ、ラッカセイ、黒枝豆が茂っている。

サツマイモ

黒枝豆

これらは10月に収穫の予定、ピーマン類も10月ぐらいまで収穫できるのでどこに何を植えるのかはいつも悩む。

7月末から8月の作業として、芽キャベツと茎ブロッコリーの苗作りでpotに種を蒔いた。
ニンジン、インゲンマメの種まきは遅くても8月半ばまでに終える。
9月初めにはダイコンの種まきを行い、続いてカブ、ルッコラー、チンゲンサイ、キクナ、ハクサイの種をまく準備もしなければならない。
予定場所の耕運では最初に苦土石灰、1週間後に堆肥と肥料、もう1週間後に種まきという算段になる。
8月の作業はやることがたくさんあり、疲れそう。

風蘭 2022/07/20

画像の説明

画像の説明

風蘭の花は他の花に比べて地味。しかし、良い香りがする。
時々、良い香りに誘われて蛾がよってくることもあるが。
近年は白花だけではなく桃色や黄色、青い花も見かけるようになった。
風蘭は20数鉢作っている。
作っている風蘭は豆葉の種類が多いので花は咲きにくい。
今年、花芽は出たが蕾のまま茶色くなって咲かない株が3鉢あった。
この7月の気ままな天気に馴染めなかったのかもしれない。

画像の説明

画像の説明

画像の説明

画像の説明

画像の説明

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進むインフレ【事実上の放棄】              2022/07/05

今日の朝日新聞に気になる記事が載っていた。

上智大学教授 香取照幸さんに聞く

見出しに踊る文字、
【社会保障費カットも増税も非現実的】
【借金大国 向き合ってこなかったツケ】

物価高の一つの原因は円安。
円安の原因は日米間の金利の違い。

借金依存の日本では金利を上げたくても上げられない。
なぜなら、日本国債の金利が上がると日銀はそれだけたくさんの利息を払わなければならない。
今の日本政府の1200兆円の借金は返済の利息も馬鹿にならないのです。

インフレ対策として歳出を膨らませるのは結果的に借金を増やすだけです。

絶望の日本経済の状況にやっと気が付きました。

参議院選挙の候補者も場当たりばかりの公約で当てになりません。

これからどうなるのでしょうか。

東大阪歴史散歩の会 平城宮跡から西の京    2022/06/26

近鉄西大寺駅 2階案内コーナー前9:00集合
今日は曇り空。でも、雨の気配はあまりない。でも気温は高そう。
今日もたくさん歩くので日差しはいらない。

8:35ごろ近鉄西大寺駅に到着。
奈良市に長く勤務していたので西大寺はしょっちゅう利用していたがここしばらくはごぶたさ。
1階のプラットフォームから2階へ上がる。
駅舎は改装されていて駅ナカの店がいっぱい。
まるで違うところに来たみたい。
2階の案内コーナーはどこ?
改札内か改札外かもわからない。
とりあえず、駅でトイレを済まそうと。
トイレを出てふと見ると見なれたメンバーが集合していた。
よかった。ひと安心。
すぐに、改札を出ていたら集合場所はまったくわからなかっただろう。
参加費を支払い、資料と平城宮跡歴史公園のパンフレットをいただく。

9:00リーダーから注意事項等説明を受けた後出発。
平城宮跡歴史公園は近鉄電車からは数え切れないほど見ているが、歩いていくのは初めてである。

西大寺駅の北口から東へ。はじめに平城宮跡資料館へ。
平城宮跡資料館は2010年にリニューアルオープンし、奈良文化財研究所の60年以上に渉る調査をもとに展示。
1. ジオラマ・映像による再現
2. 発掘調査の出土遺物の展示
3. 遺物や遺跡の保存・分析方法の紹介。
宮殿復原展示や遺物展示コーナーも充実していた。

平城宮跡資料館

宮殿復原展示

宮殿復原展示

宮殿復原展示

続いて大極殿へ。
大極門南門の工事は終わりかけ、仮設の覆いの大きさにも驚く。ここは国土交通省。
10時前でまだ、大極門は公開されていなかったので大極殿へ。

大極殿

大極殿は文化庁。
高欄に色玉の宝珠が据えられていた。このような高欄を見るのは初めて、気品を感じた。

色玉宝珠

高欄の色玉宝珠

中には高御座のレプリカ、金色に輝く鴟尾が展示。
小壁には上村淳之画伯の四神・十二支の彩色画が。
すべての動物はとても優しく可愛く描かれている。

高御座

鴟尾

小壁の彩色画

大極殿から東に、遺構展示館へ。ここも文化庁。

遺構展示館

北棟は建物の柱穴、南棟は建物の基壇や通路。遺構露出展示がされていた。
役所の建物跡で役人たちの仕事ぶりが想像される。

建物の柱穴

ここから南の東院庭園にここも文化庁。
平城宮跡の南東隅に大きな庭園の遺構が発見され、復原された東院庭園。
敷地の中央に複雑な形状の大きな池があり、現在の迎賓館として利用されたらしい。
この頃にこのような素晴らしい庭園が作られたことに大きな驚きを感じる。

東院庭園

東院庭園

東院庭園

東院庭園から西に朱雀門に向かう。途中の草地(芝生地)のなかにネジバナ、ブタナ、アザミの花が彩りを添える。

近鉄奈良線の踏切を渡り、朱雀門へ。

朱雀門

朱雀門の階段の段差は大きく、上り下りは結構たいへん。

朱雀門を通り、いざない館へ。

いざない館

いざない館へ、ここは国土交通省で平城宮跡管理センターが管理。
展示室は1・2・3・4。
平城宮跡のいま、ようす、往時の営み、時をこえて。
時空を超えて奈良時代の平城宮を体感し、出土品や資料におどろき、多彩な体験を通じて平城宮跡の魅力を深い理解できる施設。

昼時になったので屋外の広場でお昼ということだったが日差しが強く、炎天下での昼食はかなり無理。

空の色

いざない館の西側の庇のあるテラスで昼食となった。

ちょうどテラスの前に棚田嘉十郎の像があり、平城宮跡保存のキーパーソンだと初めて知った。

棚田嘉十郎の像

昼食後朱雀門ひろば西の復原遣唐使船を見学、鑑真和尚の思いに気を馳せる。
船の大きさは思ったより大きく見えたり、小さく見えたりし不思議な感じの船だった。

復原遣唐使船

説明板

最後に天平みつき館でトイレ休憩を取り、平城宮跡公園を後にした。

「平城宮跡」「平城宮跡歴史公園」は国営公園区域、県営公園区域、文化庁管理区域、奈良文化財研究所管理区域、ごくわずかに奈良市管理区域(旧朱雀大路緑地が奈良市所有であった名残か)が混在している状況となっている。
国営公園化区域で開園していない部分でも、国営公園化による追加整備が行われていないというだけで、文化庁や奈文研によるこれまでの整備により公園としての利用は可能であり、かつ国営公園側の公式サイトでも一体的に紹介されています。

国営公園開園区域、県営公園開園区域においてはそれぞれで指定管理者が決められておりそれぞれで運営されている。

【敷地】
国営平城宮跡歴史公園 開園区域(朱雀門ひろば平城宮いざない館、第一次朝堂院など)他各所  (国土交通省)
県営平城宮跡歴史公園 開園区域(朱雀門ひろば交通ターミナル、天平4館)奈良めぐり平城宮跡前駐車場  (奈良県)
平城宮跡資料館周辺  (奈良文化財研究所)
朱雀門ひろばのごく一部分  (奈良市)
そのほかの敷地(鉄道、道路等を除く)  (文化庁)

【施設】
【朱雀門ひろば内】天平いざない館、朱雀大路、二条大路。第一次大極殿院復原事業情報館、南門復元工事見学デッキ、第一次朝堂院。  (国土交通省)
【朱雀門ひろば内】交通ターミナル、天平うまし館、天平みつき館、天平みはらし館、天平つどい館、遣唐使船復元展示。奈良めぐり平城宮跡前駐車場。  (奈良県)
平城宮跡資料館  (奈良文化財研究所)
第一次大極殿正殿、復元推定宮内省、遺構展示館、東院庭園、朱雀門  (文化庁)

【担当部署と指定管理者など関係機関】
<国営公園区域>
国土交通省出先機関
 →国土交通省近畿地方整備局公営飛鳥歴史公園事務所平城分室
国営公園指定管理者
 →飛鳥・平城宮跡歴史公園サポート共同体
 (平城宮跡管理センター)
<県営公園区域>
奈良県担当部局
 →奈良県県土マネジメント部地域デザイン推進局平城宮跡事業推進室
県営公園指定管理者
 →平城京再生プロジェクト
 (県営平城宮跡歴史公園管理事務所)

平城宮跡バスターミナル、奈良めぐり平城宮跡前駐車場

 →奈良公園団体バス予約センター
 (朱雀門ひろば交通ターミナルを含む)
RVパーク平城京朱雀門ひろば
 →経営・運営:農事組合法人大和の里
奈良バイクシェア
 →株式会社ドコモ・バイクシェア

広大な平城宮跡歴史公園を見学して各施設の関連性が薄い気がしたのは敷地の周遊者や管理者が混在しているからか。
まだ整備されていない場所の将来の形は。
現在の自然環境、生態系は守るべきか。
SDGsに基づいた計画は。
課題は多いと思われる。

菅原町の喜光寺へ。本堂が立派で東大寺大仏殿のミニチュア版「試みの大仏殿」とよばれた。
境内には蓮の鉢がたくさん栽培されていた。夏には参道と本堂の周りを様々の種類の蓮で飾られる。

喜光寺本堂

喜光寺の西側には晩年を喜光寺ですごした興福寺一乗院宮の陵墓がある。

一乗院宮陵墓

南に下り、垂仁天皇陵へ。
全長227Mの前方後円墳、満々と水をたたえた濠に囲まれた巨大な古墳。
溢れんばかりの水も美しかった。
垂仁天皇については初めて埴輪を作らせたという逸話も日本書紀に記されている。

垂仁天皇陵

垂仁天皇陵の濠と田道間守の墓と言われる小島

また、垂仁天皇は田道間守に命じて常世の国に遣わし、不老不死をもたらす(非時香果)「ときじくのかぐみ」を求めさせ、持ち帰ったのがタチバナで日本の柑橘類の始まりになったと言う伝説がある。

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唐招提寺、玄獎三蔵院、薬師寺を通って、近鉄西ノ京駅に。

唐招提寺

玄奘三蔵院

玄奘三蔵院

薬師寺

3時過ぎ、ここで解散となった。

大阪府民カレッジ東大阪校 近大薬用植物園  2022/06/21

朝起きると雨。
予報では曇り、所により雨だったが。
今日は近鉄長瀬駅10:00前に集合し、近大薬用植物園の見学は人数制限のため、樟徳館の見学とに分かれる予定。
9:00頃家を出る。小降りな雨のため傘もささずに近鉄今里駅へ。
近鉄長瀬駅につくと雨脚が強くなっている。

雨の中、樟徳館に。
源サポーターから帝国キネマ長瀬撮影所と樟徳館森平蔵氏の話を聞く。

帝キネ橋

樟徳館とクスノキ

帝国キネマの案内板

樟徳館の案内板

6月7日に松蔭学園の田辺聖子館を訪れた。樟徳館の話も聞いたかもしれないが私にとって樟徳館は初めて。
立派な門構えの塀。一枚板の門扉がすごい。この板はなんの木か。ケヤキ?

樟徳館の門構え

一枚板の門扉

家に帰ってから調べてみたが一枚板の門扉に興味を示す人はいないようで分からなかった。
屋敷のなかの写真は見ることができた。銘木をふんだんに使った柱、天井、建具、調度品等すごすぎるの一語。4年に2日だけ公開しているみたい。

しばらくして、近大薬用植物園へ。
集会所のような建物の中で薬用植物園の管理をされている人からレクチャーを受ける。
近畿大学薬学部薬用植物園で発行した薬用植物四季便りという立派な冊子をいただく。

薬用植物四季便り

レクチャーの後、小雨の中園内に。
多くの種類の薬草が所狭しと植わっていて花も付けている。
生物模倣で有名なマジックテープの発明のヒントとなった、牛蒡の花を見ることができた。
牛蒡は嫌いではなくよく食べるが花なんかは見ることはない。
大きな株で少し感激。

牛蒡

牛蒡の花

紅花やレースフラワー。アーティチョークの花も美しい。
雨でなければもう少し、丁寧に観察し、写真もたくさん撮れたのにと思うとすこし残念。

紅花

レースフラワー

アーティチョーク

アーティチョークの花

午後は東大阪市の近江堂リージョンセンターに移動し、医学博士織田眞智子講師の漢方入門を学ぶ。

長居植物園のアジサイ 2022/06/17

長居植物園の入り口

TVで各地のアジサイの花が見頃と盛んに放映している。
梅雨の晴れ間、早昼を済ませて、長居植物園のアジサイを見に出向いた。

長居植物園は昨年の秋から3月まで改修のため休園していて、昨年は葉っぱの栞を作るためのきれいに紅葉した葉を採取することができなかった。
葉っぱの栞ではハート型をしたカツラの葉は他の公園緑地ではあまりないのでここのカツラ並木は貴重である。
カツラは少し暑さに弱いので、なかなかきれいに紅葉した葉をゲットすることは難しい。
今年のカツラの木の葉っぱの状態を確認しながらあじさい園に向かう。

アジサイは遠くからもたくさんの花が咲いているのがわかる。
しかし、多くの人が鑑賞に来られていて、人を避けたあじさい園の写真を撮ることは難しい。
アジサイ園では見頃の花が多く咲いている。
品種改良されたハイドランジア、ガクアジサイ、アナベル等きれいに咲いている。
しかし、家で栽培しているヤマアジサイ系の花の生育はあまり良くない。

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アナベル

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柏葉アジサイ

斑入りのガクアジサイ

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アジサイ園をぐるりと1周半、見学し堪能して馴染みのバラ園の方へ。
途中、ダリヤ園やヘメロカリス園の花が満開。芍薬園や牡丹園も新しく整備されていた。

バラ園の東側のどんぐりストラップ用のマテバシイの実の状態も確認。

マテバシイの幼果

天皇のお印である梓(あずさ)はキササゲとミズメの説がある。
キササゲの写真を何年か前に撮りきたので寄ってみるとアメリカキササゲの名札。
キササゲ、トウキササゲ、アメリカキササゲ、もうややこしくってパス。

アメリカキササゲ

アメリカキササゲ

その横に大きなジャガランダの木が紫色のきれいな花をいっぱい付けていた。
こんなに満開のジャガランダの花を見るのは初めて。
皆さんスマホで写真撮影。

ジャガランダ

ジャガランダの花

しばらくして、白い服を着た海外の娘さんが樹の下で記念写真を撮っていた。
ジャガランダの青い花の下で白い服の妖精が戯れている様に見え、ヨーロッパ地中海の風が吹いているようだった。

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放出農園日記                     2022/06/03

6月5日から雨の予報なので梅雨に入る前にジャガイモ(キタアカリ)、と紫タマネギの収穫を行った。

キタアカリは1月14日にホームセンターコーナンにて500g¥239で購入。
1月24日から日に当てて芽出し(浴光催芽)し、2月14日に植え付け、すぐに黒マルチを行った。
6月3日、収穫する。マルチを取ると半分ぐらいは土の表面に出ているのでひろいあつめるだけ、残念ながら大きな芋が5個ぐらい少し腐っていた。
芋の付け根のマルチの穴から雨が染み込んだみたい。
ジャガイモは水をやると腐ると聞いていたのでしばらく水はやらなかったのに。
でもたくさんの芋が収穫できた。
来年はもう少し、種芋を少しだけ深く植えたい。

収穫前のジャガイモ

葉っぱを処分

黒マルチを撤去

収穫したジャガイモ

11月1日、種を蒔いて作った極早生のタマネギの苗を植えた時、畝のマルチの穴が220。
50ほど足りなかったので次の日に天王寺の赤松種苗で紫タマネギの苗を50本購入し、その日のうちに植えたもの。
1本だけ抽台、まあまあ収穫できたが大きさはマチマチだった。
紫タマネギは初めて作ってみた。水分が多く保存はあまりできない。
そのままスライスして食べたがまったく辛くなくて美味しい。

収穫前の紫タマネギ

収穫した紫タマネギ

キュウリ・ミニトマト・ピーマン・茎ブラッコリーも順調。
2日に1回収穫しているが2人暮らしだと十分な収穫量である。

キュウリの栽培

東大阪歴史散歩の会 地獄谷石窟仏から高円山 2022/05/22

9:00近鉄奈良駅東改札前集合。
昨年の豪雨により予定のルートが崩壊し通れなくなっている箇所があるので石切峠や地獄谷石窟群の奥にはいけないので早めに首切り地蔵の休憩所で昼食して高円山に行く予定と説明を受ける。

まず、三条通りの有名な餅つきパフォーマンスで知られる「中谷堂」などの間近には、観光客の視線はあまり注がれていない、木で出来た多数の立て札や柱がある。
「奈良縣里程元標」と描かれており、これはかつて明治時代に日本国内の様々な「距離」を測る上での起点として各府県に設けられたものを復元したものとなっており、奈良から京都・大阪・伊勢方面への距離が記されています。
「復元」されたものとは言え、特に御高札場に関しては比較的年数が経過していることから、まるで江戸時代のものであるかのような風格も漂わせ、周辺の風景に味わいを添える存在です。

奈良県里程元標

率川(いさがわ)は、春日山を源流とし飛火野を流れる細い「御手洗川」などを集めつつ、猿沢池の脇を通り、最終的には菩提川と名を変え佐保川へと流れ込む「奈良市街地を貫く」河川です。
しかし、昭和期から平成初期にかけて奈良町(元林院)エリアからJR奈良駅周辺までの区間は暗渠化(埋め立て・地下化)され、市街地でその川の流れを目にすることはほとんど出来ない状況です。 
猿沢池の真横には現在も率川の流れが顔を覗かせており、周辺工事で発見された地蔵を集めた率川地蔵尊が川の中央部に設置されている。

率川地蔵尊

元林院町(がんりいんちょう)は、かつて興福寺の別院 元林院があった場所といわれており、江戸時代には絵屋町とも呼ばれ、絵師の住む町として知られていた。町の北端を流れる率川(いさがわ)にかかる絵屋橋(ゑやはし)が現在もそのなごりを伝えています。

絵屋橋の跡

奈良町の細い通りを歩いて史跡頭塔へ。
頭等は奈良時代、藤原広嗣のたたりで死んだ僧玄昉の頭を埋めたとの伝説のため、頭塔と呼ばれていますが、正しくは、東大寺の僧実忠が国家安泰を祈って築いた土塔の跡といわれています。方形の封土を3段に築き、その4面に石仏を配列したもので、現在浮き彫りの石仏が13個あり、奈良時代の数少ない石仏群として有名です。
まず入り口にここから入るには拝観料1人300円が必要。

頭塔の入り口

『史跡 頭塔』の姿は、中に入場しなくても遠目からでも見ることができる。

史跡頭塔

ピラミッド状の姿を眺めるだけならそれでもいいが、貴重な石仏の表情を見ようと思ったら中の入る必要があるが、歴史散歩の会では時間が取れないのでまたの機会になります。

高畑町を東に、柳生街道と春日山遊歩道の分岐で2班に分かれ、首切り地蔵の休憩所で早めの昼食の予定だったが話の理解の行き違いで1時間ほどロスしてしまった。

首切り地蔵

昼食後、地獄谷石窟仏の入り口までは行けるので入り口の石窟仏を鑑賞する。
史跡「地獄谷石窟仏」は聖人窟とも呼ばれ、6体が平安時代に彫られたと言われている。
洞窟の中に、今なお、彩色の残っている石仏を見ることができる。

地獄谷石窟仏の説明板

地獄谷石窟仏

奈良奥山ドライブウェイに戻り、高円山展望台までドライブウェイを一列で歩く。
展望台には”万葉歌碑”「高円の秋野のうへの朝霧に妻呼ぶ牡鹿出で立つらむか」(万葉集巻20 大伴家持)。 万葉学者 犬養 孝先生揮毫の歌碑があり、ここからの市街地への展望はよく、美しいが少し靄がかかっていて見通しはもう一つであった。

展望台の万葉歌碑

展望台から

ここからドライブウェイを離れ、奈良大文字焼きの火床へ。
途中テンナンショウの花が咲いていて、じっくり写真を撮りたかったが参加者は慌ただしく下っていった。

テンナンショウの一種

しばらく下っていくと急に展望が広がった。

大文字の火床

ここが大文字の火床。
芝生かきれいでゴルフ場の打ち下ろしのTeeに見えた。
ここからティショットすると気持ちが良いだろうなと思った。
ここでの展望は素晴らしく、若草山・東大寺大仏殿・県庁・平城宮跡がよく見える。

若草山を望む

大文字の火床

奈良の夏の折り返し地点とも言える「大文字焼き」。
この行事はそれほど古い歴史を持っている訳ではなく、第二次世界大戦の奈良県内の約3万人にのぼる戦没者を祀るための行事として後に奈良市長に就任した「鍵田忠三郎」氏らが創始する形で1961年(昭和36年)から実施された。
そんな戦没者慰霊の儀式として位置付けられている大文字送り火は、点火される「大」の字は高円山の1か所のみだが、「大」の字の大きさは日本最大級となっている。
大の字の1画目(横線)の長さは109メートル、2画目が164メートルとなっているなど、かなり巨大なもので、近くから見るとむしろ「大」の字がわかりづらく、遠くから見る方がわかりやすいほどの規模。また、点火される火床の数は、仏教の伝承にちなみ、「人間の煩悩」の数とされる「108個」設置されている。

大文字の火床

ここで長めの休憩をとリ、一気に麓まで下る。
今日は早く下るレクチャーを受け、実践。18分で下ってしまった。

麓から高円山を見る

東山霊園を西に市街へ奈良写真美術館の前を通り、浮御堂に出て、近鉄奈良駅方面へ。
帰りに奈良町で買い物もできるということで興福寺の境内で解散。

かなり、足を酷使したので少しおつかれでした。

山酔会 枚岡神社からなるかわ園地           2022/05/05

枚岡神社鳥居に下で10:00に集合の連絡。
枚岡に行ったのは記憶にも残らないほどの遠い昔。
枚岡神社の鳥居もなにも判らないまま9:40に枚岡駅に到着。
知った顔は誰もいない。
踏切を渡り、神社に向かうとすぐに大きな石作りの鳥居。
ここかなと思ってしばらく待つが誰も来ない。
ふと、鳥居の下に車進入禁止の看板が立っており、奥の方がとても賑やか。
何か祭りがあるみたい。

石の鳥居

これは毎年、5月5日に行われる枚岡神社の小太鼓まつりで13台の山車が宮入するらしい。
山車で賑わっているところを目指すとここにも大きな鳥居があって、大勢の参拝客、祭り方の中にいつものメンバーの顔が見えた。
今日の待ち合わせの鳥居はここだったみたい。

待ち合わせの鳥居

大きな山車

大きな山車

小さな山車

全員8名そろったところで山車を見ながら、枚岡神社から神津嶽コースのハイキング道を登る。
直ぐの所に姥ヶ池、しばらく登って枚岡山展望台、少し霞んでいるが、大阪ドーム・あべのハルカス・花園ラグビー場等がよく見える。

枚岡山展望台

大阪市内を望む

神津嶽ふれあい広場を通り、なるかわ園地休憩所へ。
ここでトイレ休憩の後なるかわ園地ぼくらの広場へ。
道すがらたくさんのウラシマソウ、自生地を見たのは始めて。

ウラシマソウ

ぼくらの広場の到着、オンツツジが満開。

満開のオンツツジ

今日のランチはここでと言うことになった。
いつも通り、リーダーは瓶ビール、T氏は東京産の大吟醸、私は風のもりのαを持参。
皆で少しずつ味わうが今日の売れ行きはもう一つ。1/3ほど残ってしまった。

昼食後ツツジ園に、でもツツジ(平戸ツツジ)の花の盛りは過ぎていて少し残念。

ツツジ園

ツツジ園

途中、山の斜面にホタルカズラが可愛い花をたくさん咲かせていた。
リーダーお薦めの花だが一般の人には小さくて目に付かないかも知れない。

ホタルカズラ(Buglossoides zollingeri)
日本、中国、朝鮮半島、台湾に分布するムラサキ科ムラサキ属の多年草。
山の斜面や茂み、草原などの日当たりの良い場所に自生。花期は4月~6月。
花期になると、地面を這う茎の葉の付け根から茎を立ち上げ、頂部、または上部の葉の付け根に、小さな花を咲かせる。
花は花径1.5~1.8㎝程度で花冠が深く5裂しており、それぞれの破片には特徴的な隆起する白い線が入りる。花の咲き始めは淡い紫色ですが、咲き進んでいくと美しい青へと変化します。

ホタルカズラ

ホタルカズラ

らくらく登山道からなるかわ谷コースに出て、近鉄瓢箪山駅へ、まだPM 3時前であった。
リーダー以下数名はまたまた、おなじみの居酒屋へ。

私は帰ってから又、晩酌するので別れて帰宅。
今日は2万歩ぐらい、久しぶりの山行きだったのでちょうど良い行程だった。

今回の山行きの目的の一つにキンランを確認することだった。
幸い、7株の個体が確認できた。いつまでも咲き続けてほしい花である。

キンラン
和名は花の色による。 山野の広葉樹林内に生える高さ40〜80cmの多年草。 茎は稜条がある。 葉は5〜10個互生し長さ8〜15cm、幅2.0〜4.5cmの広披針形で数脈があり、基部は茎を抱く。 花は黄色で半開し、3〜12個つける。 唇弁に黄褐色の隆起線がある。 苞はごく小さく長さ約2mm。 萼片は長さ1.4〜1.7cmの卵状長楕円形。 側花弁はやや小さい。 唇弁は3裂し側裂片は三角形で内側に巻きずい柱を抱く。 距は短い。
元々、日本ではありふれた和ランの一種であったが、1990年代ころから急激に数を減らし、1997年に絶滅危惧II類 (VU)(環境省レッドリスト)として掲載された。また、各地の都府県のレッドデータブックでも指定されている[9]。

キンラン

キンラン

放出農園日記                      2022/05/04

連休前は雨続き。
極早生のタマネギの葉が倒れて暫く経つが農園が乾いてなく、すべてを収穫するのが遅れていた。
5月に入り、晴天が続いたので今日すべて収穫することにした。
今回の極早生タマネギはジェットボールという品種、葉付きタマネギとしてはもうひとつだったが、大きなタマネギが60~70個は収穫できた。
すべて掘り起こし、根と葉を少し切って、畝の上で乾かしておく。

作業前

作業中

収穫したタマネギ

その間にスナップエンドウの最後の収穫をした。
スナップエンドウは100均の種だが十分すぎる収穫で毎日食卓を賑わした。
でも無農薬で葉の色が悪くなり、虫も発生していそうなので、撤去した。

今はミニトマト 4株、キュウリ 3株、ピーマン 2株、タカノツメ 2株、カボチャ 3株、茎ブロッコリー 6株、スイカ 1株が生育中。
3月に植えたジャガイモは花が咲いている。

タマネギの後はインゲンマメ、落花生、黒大豆の枝豆を作る予定。

作業後

長谷園窯出し市                     2022/05/02

4年前までこの窯出し市で10年以上、苔玉とミニ盆栽等の店を出していた。
私にとって年1回の一大イベントでこの日のために苔玉の製作や山野草栽培をしていた。
コロナ禍で昨年、一昨年と窯出し市は中止されていた。
3年ぶりの開催、始まるのは一応9時からだが3年前行ったときは8時に着いたが駐車場はかなり混んでいた。
今年は少し早めの5時40分頃、家を出る。
3年ぶりの西名阪道路、阪神高速の工事の関係で長原の入口に料金所が設けられていて面食らった。
道路はこの時間帯にもかかわらず車は結構走っている。
休憩無しで会場へ7時40分に到着、約2時間の行程。
駐車場の車の中で朝食のおにぎりを食べる。

駐車場はまもなく満杯、どんどん車が入っていく。

駐車場

駐車場

会場は陶器・雑貨の出店が39店、フードの出店が19店、フードコーナーが6カ所と会場も広くなり出店数も多くなっていた。

会場マップ

まだ、店は出店準備中なので周辺を散策。
大正館、当主屋敷、登り窯、展望台へと歩く。
一般の人は誰もいなくて独り占め。

大正館

当主屋敷

登り窯

展望台入口

展望台

展望台テーブルと椅子

会場の人気商品アウトレットの店は開場前に長い行列。

アウトレット商品

長い行列

会場に戻り、目を付けていた店を下見。

日々窯さん

まだ早いがある店のアウトレットのなかにあった陶器のビアーグラスをゲット。
ビール好きの人にあげようかな。

ビアーグラス

いつも行く精華大学OBのブースのT氏は来られていなかった、聞いてみたら来年は来られるみたい。残念だった。
ここでお酒の銚子代わりに片口の器を買う。
香山窯で小さな湯飲みを2個購入、これもぐい呑み用に。

片口と小さな湯飲み

毎年買っている丸山繊維産業の蚊帳地の布巾を10枚。
これは奈良市もちいどの通り付近の直営店ならっぷの「蚊帳の夢ふきん」のアウトレット商品。
フードの出店でお土産にチーズケーキを後わらびと地元の茶葉を買って終了。

9時30分にはもう長谷園を後に。
道路に出ると長谷園行きの車で大渋滞。
反対方向の抜け道で大内インターに出て帰宅。
11時30分までに家に着いた。久しぶりの長ドライブ、少しお疲れ。

NPO法人 大阪府民カレッジ東大阪校 入学式 2022/04/19

入学式は10時受付、10時20分から始まるが、会場の設営「机と椅子のセッテング」の手伝いのため9時に会場の八戸ノ里の東大阪市文化創造館に集合。

東大阪市文化創造館

会場の多目的室は広くて綺麗。

多目的室

10時20分、田中DRの司会で入学式は始まった。

田中DR

初めに東大阪市長 野田義和様から祝辞をいただく。

東大阪市長 野田義和様

続いて、府民カレッジ理事長の泉川渥洋氏から挨拶をもらう。

府民カレッジ理事長

続いて、来賓の挨拶、講師代表の南光弘氏から祝辞をもらう。

休憩を挟み副理事長の稲葉芳孝氏からスライドを使った府民カレッジのオリエンテーションをうける。

府民カレッジ副理事長

記念講演として陸奥賢講師の画像「祭りで見る大阪の歴史」を拝聴。

祭りで見る大阪の歴史

1 4/22 四天王寺の聖霊会舞楽大法要
2 5/1~5 平野 大念仏寺 万部おねり
3 6/14 住吉大社 お田植え神事
4 7/25 玉出 生根神社 だいがく祭り
5 8/24 池田 愛宕神社 がんがら火祭り
6 9・10月 岸和田 だんじり祭り
7 12/23 枚岡神社 中連縄掛神事(お笑い神事)

午後は住生院六萬寺 川口泰弘講師の特別講座(ひがし大阪ものしりカルタで楽しく知ろう~悠久の東大阪~)

ものしりカルタ

川口泰弘講師

カルタが18枚、講師は若い三男坊、良く通る声で面白く楽しく解説された。
受講生の感想も非常に好評だった。

「ヨシ原の蔓抜き」ボランティア            2022/04/10

高槻市上牧に嫁いでいる娘から篳篥のリードで知られている鵜殿のヨシ原で蔓抜きボランティアの話を聞き、遊びがてら参加した。

蔓抜きボランティア募集

9時過ぎに阪急上牧駅に到着、もう蔓抜きボランティアに参加されると思われる人々を見かけた。
娘の家に着き、9時30分すぎに娘一家と孫の友達と一緒に受付にカードに住所、氏名などを登録する。
会場にはもうかなりの人が作業しているのが見える。

作業風景

会場まで歩き、駆除する蔓のレクチャーを受ける。取りあえずヤブガラシとヤエムグラを駆除してほしいと言われた。

ヤブガラシの新芽

ヤエムグラ

ヨシ原の中はヨシの芽が20cmぐらい出ていて、その間にヤブガラシの新芽がすごい。
これだけヤブガラシが茂っているとは思わなかった。

昨年と1昨年はヨシ焼きができず、今年は篳篥のリードに使えるヨシが採れなかったそうだ。
ヤブガラシの量は半端じゃない、セイタカアワダチソウやノイバラも茂っていた。

ノイバラ

たくさんの人で抜いた草の量も凄かった。

抜いた草

抜いた草の山

帰り道、黄色の花がたくさん咲いていてきれかった。参加者の中に少し手折っている人を見かけた。

ノウルシの花

帰って調べるとノウルシの花。
ノウルシの茎の途中を折ると断面から白乳液が漏れ出します。
この液に触れるとウルシのように皮膚に炎症を起こすので「野ウルシ」と名付けられた。
白乳液に含まれる有毒物質はユーフォルピンと呼ばれ、トウダイグサ蓮の特有の物質である。

帰りに受付で今日の参加人数を尋ねたら360人。たくさんの人が集まったものだ。

昼1時から近くの本澄寺で篳篥の演奏で有名な雅楽師 東儀秀樹さんのミニコンサート。
後から覗いてみたがすごい人。
当然、本堂には入れきれない人々。
少し盛り上がりすぎたみたい。

ミニコンサート会場

ミニコンサート会場

山酔会 藤原京跡 大和三山              2022/04/05

前日、急な呼びかけで藤原京跡、大和三山、明日香甘樫丘に桜を求めて歩くことになった。
近鉄鶴橋駅9:13発青山町行きの急行に乗り、八木の改札で集合。
それだけで行程はリーダーのO氏任せ。行く場所の位置関係が整理できていない。
近鉄鶴橋駅9:13発青山町行きの急行を待つが来ない。
下田、五位堂間で沿線火災があり、大幅に遅れが出た。
やっと来た、電車に乗車、かなりの遅れなので社内は混雑。
行く前から少しお疲れ。

八木の改札を出て線路沿いに東に、大和三山の一つ、耳成山へ。
麓の公園のソメイヨシノが満開で向かえてくれた。

耳成山山麓の公園の桜

日和も良く、桜並木を歩く。
少し、出発時間が遅れたので、耳成山には登らず、藤原京跡へ急ぐ。

耳成山登山入口

藤原京跡の菜の花とソメイヨシノが満開、たくさんの人で賑わっている。

藤原京跡の菜の花と桜

藤原京跡の菜の花と桜

ここから大和三山の畝傍山、耳成山、香久山がよく見える。

耳成山

香久山

奈良文化財研究所藤原京跡資料館でトイレ休憩。

奈良文化財研究所藤原京跡資料館

ここから、香久山に登り、頂上で山酔会の昼食会。

香久山入口

山頂の社

タチツボスミレの群生が美しい。

タチツボスミレの群生

リーダーのO氏はいつもの瓶ビール、T氏は缶ビール+α、私は御所市の地酒篠峰の臼濁り。

食事を済ませ、明日香甘樫丘へ。
麓に天岩戸神社。日の神天照大神が隠れたという巨石が御神体。
本殿が無く、拝所のみという古代の原始的な祭祀形態を残しているかわいい神社で合った。

天岩戸神社

御神体

すぐ傍の「みるく工房飛鳥」の特製ソフトクリームをリーダーからサプライズ。
あとくちが良く非常においしかった。

大宮大寺跡を通り過ぎ、甘樫丘の直ぐ傍のあすか夢の楽市でトイレ休憩。

甘樫丘の展望台に登り、休息タイム。
ここからも大和三山がよく見える。

耳成山

香久山

畝傍山

甘樫丘を下り、近鉄橿原神宮前駅へ。
駅の手前の居酒屋でささやかに打ち上げ。

近鉄橿原神宮前駅から阿部野橋を経由して帰宅。
穏やかな日和の中桜を堪能した道行きであった。

陽光桜                         2022/3/28

お向かいのソメイヨシノの花が見ごろ。
今日は少し寒いが桜花に誘われて鶴見緑地に行ってみた。
大阪メトロ鶴見緑地駅から中央口に。
くすのき通北の紅葉スモモは満開の少し手前、他の桜に比べて少し遅れているよう。

紅スモモ

大池西側のソメイヨシノはもう見ごろを迎えていた。
早咲きの陽光桜は少し落下もみられるがほぼ満開。
陽光桜の濃い紅色の花が目に染みる。

陽光桜(ヨウコウザクラ)
作者は愛媛県の高岡正明さんで「里桜」の天城吉野(アマギヨシノ)と寒緋桜(カンヒザクラ)との交配によって作出された。
元教師だった高岡さんは、送り出した教え子たちが戦場に散ったことを悼む鎮魂の旅に出た沖縄で寒緋桜(カンヒザクラ)と出会い、この桜が生まれることにつながったという。
染井吉野(ソメイヨシノ)よりも少し早く咲く。一重咲きで、寒緋桜(カンヒザクラ)の紅色が濃い。別名を紅吉野(ベニヨシノ)とも言う。

陽光桜

陽光桜

この頃運動不足なので山のエリヤに足を延ばし、散策。

ソメイヨシノ

小さな木にかわいい花殻が付いているのを発見、何の木かわからないがリース材料として使えそう。
ムクゲの花殻に似ているが可憐な感じ。少し採取する。
しばらく行くと大きな木に同じ花殻が。これはサルスベリ。
サルスベリはよく知っているが実殻を見たのは初めて。
思いもよらない収穫物であった。

サルスベリの実殻

折々のことば          2022/3/10

2022年3月10日朝日新聞一面 折々のことば 鷲田 清一

花の名前を知ることは、花に気をかけ、愛するということだ。

寺尾 沙穂

名前を憶(おぼ)えれば関係が一段上がる。
地元にどんな花が咲くかを知り、名を憶え、その変化に気づく人がいることは、その土地を狙う妙な計画が立ち上がった時、「土地を守る術」になると、音楽家・文筆家は言う。

随想集『天使日記』から。

2022/
近くにある公園の木の名前を知るだけで、木との距離がすごく近くなる。
四季の変化、自然の営み、自然の摂理、命の大切さ、たくさんのことを教えてもらうきっかけとなる。
花が咲いていなくても、芽吹き、新緑、紅葉、冬芽。野鳥や昆虫を見る機会も増える。
心ときめくことは多い。

木の実のクラフト  2022/2/20

大阪高齢者大学校も成果発表と修了式を残すだけとなった。

大阪高齢者大学校へ行って良かったことの一つに難波宮跡公園でタイワンモクゲンジという木を始めて見て、知ったことである。
タイワンモクゲンジの実は薄い殻に包まれ、熟すと殻が開き2~3mmの小さな黒い種が見える。
この実は薄い殻とともに風に舞って散っていく。
黒い実と薄い殻はなにかクラフトに使えないか。
黒い実は昆虫や動物の目玉に使えそう。

成果発表の難波宮跡公園の樹木の発表でタイワンモクゲンジを解説するためにムクロジとタイワンモクゲンジに実を使ったリースをこしらえた。
ムクロジとタイワンモクゲンジでは実の形も大きさも異なっており、両者がなぜ混同されたのかよくわからない。

木の実のリース

木の実の名前

トンボ出版 木の実の恐竜たち 中山圭子著では木の実を使ったクラフトがたくさん載っている。
その中から集めてあるアメリカフウの実を使った大毛虫を作ってみた。
実の真ん中に穴を開け、アルミ線を通し胴体にした。
実に穴をあけるのは固く、錐では難しく、ルーターを使った。
顔の目玉は市販の活目、頭はマテバシイの殻斗、触覚はリリアン糸を使用。
少し大味の大毛虫になった。

アメリカフウの大毛虫

アメリカフウの大毛虫

次に気に入ったトンボに挑戦。
胴体と尻尾はシリブカガシの実のついた穂、この使い方はすごい感覚と驚いた。
シリブカガシはドングリのストラップを作っているので実のついた穂も採取しているが、普通の人はシリブカガシというドングリも知らないと思う。
頭はヒノキ、目はナンキンハゼの実を使った。
羽は本ではレース状になった葉っぱを使われていたが適当な葉っぱはなく、タイワンモクゲンジの実の殻を使ってみた。
この殻は薄く、非常に壊れやすいので胴体に取り付けるのが難しく戸惑った。
また、持った時に落としてしまい壊れてしまった。

トンボのクラフト

トンボのクラフト

トンボのクラフト

中国シュンラン                    2022/2/17

年末から蕾を上げていた中国春蘭。
なかなか蕾が伸びてこなくて、待ちどうしかった花がやっと開花。
イトランはいままで主弁が黄色く、副弁は白い1茎1花の花を咲かせていたが今年は1茎2花でピアナン春蘭みたいな青花。
同じ株なのにどうして違う花が咲いたのか。
中国春蘭の翆一品も開花してきていい匂いを放っている。

画像の説明

画像の説明

放出農園日記                      2022/2/14

今年はじめての農園作業。
今月から夏作に向けて土壌の天地返しの耕耘作業。
ジャガイモの植え付け予定なので石灰は混入しない。
1月14日にホームセンターコーナンでジャガイモ(キタアカリ)の種芋を500g購入。
その日からベランダで浴光催芽。
2月14日に農園に植え付け後マルチ。
今回は種芋を深く埋めず、表面に少し出るぐらいの浅植え、収穫時マルチを外すとジャガイモを掘らずに拾える予定。

ジャガイモの畝2カ所

種芋植え付け

黒マルチ

SDGs                          2022/1/29

画像の説明

2020/1/29 の朝日新聞の夕刊。
いま聞く Interview 石川九楊さん 書家の記事が出ていた。

最後に
「ぼくはSDGs「持続可能な開発目標」という言葉は嫌いです。
貧困や飢饉を終わらせるといった当たり前過ぎることをわざわざ目標として掲げなくてはならないという事態は恐るべきこと。子供たちや孫たちに、いったい、どんなかたちの日本を、世界を手渡すのか。コロナウィルスの感染拡大を機に、もう一度、根本的に、深く考えてみる必要があると思います。」
とあった。

私の中のいままで抱いていたわだかまりが腑に落ちた。

SDGsとは 2022/1/26

SDGs 01

今日の大阪高齢者大学校の自然文化を楽しむ科の講義はSDGsとは。
講師は大阪市立大学の杉田菜穂教授、若くて美人。
教授の受講生を独断指名形式の講義の進め方は斬新。びっくり。

また、指名された受講生のコメントもすばらしく、それぞれ多様で非常に興味深い話が多く、感心し驚いた。
他の班の人とは全く話すこともないのですごく新鮮だった。

SDGsに至るまでの経過をまず学んだ、国際連合で定められた開発目標で1960年に遡る。
2000年にMDGsミレニアム開発目標、2015年にSDGs持続可能な開発目標として定められ、今に至る。
国際連合の活動も現在過度期を迎えており、うまく機能していない。
拒否権の発動や各国の利害が絡み、何事も決められない事が多い。

SDGsも
SDGsのサスティナブルの意味。
人間の活動が自然環境に悪影響を与えず、その活動を維持できること。
でも、いままで人間の活動が自然環境に悪影響を与え続けている。

1 世界の人口の急激な増加。
2 大量生産、大量消化の経済活動。

この2つの問題を考え直し、解決しなければ。

SDGsは聖書か、モーゼの10戒か。
なにかの大きな力の手のひらの上で動かされているみたい。
サスティナブルに暮らすこととSDGsとは、少し違和感を覚える。

自分のできる範囲でできることをするだけでは・・・。

正月の朝日新聞の未来デザインの続きを挙げさせてもらう。

未来のデザイン 1月4日  3 仕事

誰が社会を支えているのか
コロナ禍で誰の目にも明らかになった。
社会や消費のあり方を再考すべきではないか。
日常生活を支える働き手の重要性が再認識された。
安いものや便利さを求める消費行動が労働者としての自分にはね返る悪循環が続いている。
外国人労働者の存在「実質的な移民大国」
ロボット AI

労働力は何かに代替えすれば解決するのか。
産業構造が大きく変わるとき、ひずみは弱いところに押し寄せる。
19世紀の産業革命  機械化で仕事を奪われる。
反発 「ラッダイト運動」
AI・ロボット化に対する反発 「ネオ・ラッダイト運動」

仕事の未来
仕事が人に幸福をもたらすこと
仕事は他者から承認されたり社会に貢献したりすることの自負や誇り。
社会が持続可能であるための施策
1. サセライトオフィスを増やす
2. 単一企業に依存しない就業スタイルの普及
3. チャレンジしやすい環境を整える。

財政も格差も経済成長が解決してくれる。=古い価値観

大量生産・大量消費で儲けを出すモデルを変えられず、将来世代にツケをまわしている。
30年後に目指すべきなのは「成長」ではなく「成熟」ではないか。
コロナがこの視点に立つきっかけを与えてくれた。

能力主義に重きを置く社会ではなく。
コロナ禍を支えたエッセンシャルワーカーのような人たちにこそ敬意を払う社会への転換が必要。
日常生活を支える仕事は専門性が低いと見なされる。
将来、AIやロボットなどのテクノロジーに取ってかわられるか?
高度な技術を人間の代替えするために使うのではなく、専門性の低い労働者の生産性を高めたり、補助したりすることに使う未来を目指すべきだ。
消費社会を成り立たせたのは海外に広く展開したサプライチェーン。
行き過ぎた能力主義は「生活が苦しいにはあなたが努力しなかったせいだ」自己責任論につながった。
社会を分断し、共同体への配慮を失わせ不平等を生み出した。
偏った教育からスキルを学べる場にパンデミックは学歴や身分、先進国と途上国という垣根を超え、私達全員が一つの未来をえがかなければならないことを教えてくれる。

未来のデザイン 4 いのち

日本の将来への閉塞感
科学技術だけでは解決できない。
科学の成果を望むかどうか、価値観は多様。
しかし、科学の使いみちは重要。
技術を発展させると誰も取り残さずあらゆる人が支え合う「インクルーシブ」な社会に貢献できるか。
このものさしで技術の育て方を考えることが必要。

より良い未来のために何が求められているのか。
いつまで生きるのか、長く生きるということに肯定的なイメージを持てなくなっている。
VR
コミュニケーションの喜びとは自分だけではなく相手の感情に変化が起きることの実感にあります。
リアルとバーチャル
若い人たちがのびのびと力を発揮できる社会を目指す。

人とのつながりに満ちている日常を作る

未来のデザイン 5 つながり

2016年政府発表した計画
リアルと仮想空間が融合した未来のあるべき姿。
AI+ビッグデータ解析などを活用し、属性や言語にとらわれず快適に暮らせる理想郷
「ソサエティー5.0」→見直し
デジタル化=行政の効率化や企業の個人データの利活用の問題として捉えられがち。
本来は人権やプライバシーとも深く関わる問題。
個人の生活感覚を取り入れながら、法などのルールづくりをすすめる必要がある。
技術は現実の格差を拡大してしまう。
真のデジタル化とは一部の人だけではなく、誰もが関わり、恩恵を受けられる状態を意味する。
技術的なインフラ整備だけでは実現できない。

未来のデザイン 6 グリーン

ハチドリ電力
私は私にできることをしているだけ
個人ができることには限界はある。
それでも、ベターな選択を積み重ねれば、きっと社会は変わるはず。
脱炭素はサプライチェーンのも求められる。
再生可能エネルギーのニーズは増す。
脱炭素の流れは強まっているがそれでもまだまだ足りない。
道のりは険しく、残された時間は少ない。

人類の多くは現在のようには生活を続けられなくなると世界は真剣に思っている。
21年は生き残るにはラジカル(根本的)に舵を切る必要があると全世界的に認められる年になった。
何とか未来を変えようという運動が始まっている。
急がないと間に合わない。
 
Fin

年頭に思う                        2022/1/4

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

正月の朝日新聞の記事1面から
未来デザイン プロローグ
天災、気候変動。
感染症以外にもこれからは様々な危機に直面する。
サバイブ(生き残る)するには強い心で進まなきゃ

どう変わってもいい。
時代と一緒に、みんなと一緒に、歩めたら    
より良い未来、その姿をいまこそ探りたい。未来予想図(吉田美和)

目の前に見えとる問題なんてくだらん
もっと遠くを見んと。

未来から考える。 目指したい未来とは。

子どもたちやまだ生まれてきていない将来の世代は当然ながら選挙権も、市場に対する影響力も持てない。
それを良いことに好き勝手に生態系を破壊し、技術開発の負の側面を後世に押し付ける。
今、私達は未来世代の資源などを奪い、植民地化している。
気候変動の領域もしかり。

循環型経済を意識した生活も望まれるが。
SDGsも人間の勝手な発想でしかないのではないか。

動物や自然を守り、他の生命をもらう大切さを知る。
耐えてしまう命を、自分たちの命に変えて生きていく。
この人間と自然のつながりを理解することは不可欠。
「こうあるべし」と決めつけるのは、人間のエゴ

経済が成長し、栄え続ける・・・・・・・・・。
このことはもう無理ということがわかりはじめたのではないか。
コロナが教えてくれたこと。
パンデミックは自然のしっぺ返しか。

今年も台湾寒蘭が咲きました               2021/12/25

昨年始めて咲いた台湾寒蘭が今年も咲いてくれました。
3月初めに2鉢に分けた株の1鉢です。
良い香りを漂よせて気持ちを穏やかにさせてくれる。
正月、玄関に飾る鉢はこれに決まり。

台湾寒蘭の鉢

台湾寒蘭

中国シュンランの蕾も2鉢見えている。
これはいつ頃咲いてくれるのかな。

糸蘭の蕾

中国シュンランの蕾

メモリアルカード栞                   2021/12/22

今日の大阪高齢者大学校の午後の活動は木の葉の栞をバージョンアップしたメモリアルカード栞作りを班の自主活動にしました。

木の葉の栞の作り方は
1 材料となる落ち葉を拾いにいく。紅葉が美しく、形のよいもの。
2 拾い終えたら、その日のうちに雑誌などにはさむ。
3 落ち葉を雑誌にはさんだら、重石をして1週間程放置する。
4 A4のラミネートフィルムに葉っぱを均等に並べ、ラミネート加工をする。
5 葉っぱの輪郭に沿うよう外側を切り抜いて栞の形にする。
6 形にした葉っぱに色紐を閉じる穴をあける。3mm~5mm
7 閉じ紐を2本、色の取り合いを見ながら葉っぱに装着する。
8 閉じ紐の長さを調整し、切りそろえる、接着剤で緩まないよう留める。
9 完成 メッセージカードを作り、クリスタルパックに入れる。

メモリアルカード栞の作り方は
1 メモリアルカードをパソコンの名刺ソフトで文章を作る。
2 印刷し、名刺サイズより少し小さめでカットしておく。
3 葉っぱを入れ込む大きめの穴をカッターナイフで開ける。
4 穴に合った好みの葉っぱを押し花にしておく。
5 カードに葉っぱの名称を書き入れる。
6 名刺判のラミネーター用フィルムにカードと葉っぱを挟み込み、ラミネートの機械でパウチする。
7 出来上がったカードの角に穴開けポンチで3mmの穴を開ける。
8 穴にリリアン糸を通して栞糸を作る。
9 糸を糊で留めてほぐれないようにする。
10 糊が乾いたら完成。

作成風景

出来上がったカード

奈良春日山原生林                    2021/12/01

今日の大阪高齢者大学校自然文化を楽しむ科の講義は奈良春日山原生林の散策。

奈良春日山原生林
• 標高:498m、面積:約250ha
• 鬱蒼と繁茂した巨木の林相は、常緑広葉樹(カシ、シイ類)を主とした暖帯林を代表とする。
1. 低標高地にはイチイガシの巨樹が多く
2. やや乾燥した斜面や小尾根にはコジイ(ツブラジイ)林
3. やや湿った山腹にはツクバネガシが優占
4. 主山稜にはアカガシの巨樹が見られる。
• 温帯性の樹木(ホオノギ、ウラジロノギ、ブナ)や寒帯性の樹木も混生し、800余種からなる多様な植物社会を形成している。

春日スギは、直径1m以上、樹齢250~400年のものが多く、最大の「公園大スギ」は直径2.8m・幹周り8.8m、樹齢1,000年以上。 優雅で通直の細かい木目、赤褐色で渋味のある色調など材質がきわめて優れ、観賞価値の高い銘木といわれる。

今日も講師は菅井啓之先生。
近鉄奈良駅東口に10時20分集合。
深夜の寒冷前線の雨も上がり、天気は上々。
しかし、冷たい西風が強く、最高気温もほとんど上がらないとの予報。

10時30分東口を出て登大路を東へ、興福寺を過ぎて東側の奈良公園の草地で今日の講義内容のレクチャー。

奈良国立博物館の南側に進む、まずおおきなイチイガシと鹿がお出迎え。
奈良公園で多く見られるイチイガシはカシの王様。
一位の名前が付けられた堂々とした風格の立ち姿。

イチイガシ

鹿が寝転んでいる横で奈良公園、春日山原生林と鹿の関係についての話を聞く。

鹿

ナンキンハゼの話から珍しいサイカチの木、クロマツに見られるムササビの話へと続く。

ナンキンハゼ(南京櫨)トウダイグサ科シラキ属 落葉広葉樹
秋になると赤~黄色に紅葉しとても美しい。中国から園芸種として入り、その実からハゼノキのようにロウ質がとれることからこの名前がつきました。奈良公園では、昭和のはじめに街路樹として植えられたが、その種を鳥が食べることで広範囲に繁殖し、若草山などでも繁茂した。光を好むため、原生林内の巨樹が倒れた後にできた箇所で確認され、増えている。

ナンキンハゼの紅葉

新公会堂の西の園地で若草山と春日原生林を見ながら植生の最初とクライマックスの対比の話に熱がこもる。

若草山と春日山原生林

なかなか、春日山原生林の入口までたどり着けそうにない。
春日大社の北側の道を東に歩く。
イロハモミジの色鮮やかな紅葉が目にしみる。

イロハモミジの紅葉

やっと、春日山原生林の入口に入る。
ここにナギの木があり、レクチャー。

ナギ(竹柏)マキ科 常緑針葉樹
日本では和歌山と山口、四国・九州以南に分布している。奈良公園のナギは、平安時代に春日大社に献木されたと記録されており、春日大社では神木として扱われる。本来の自生地ではなく、シカが食べないことなどから、春日大社境内では純林を形成しており、大正12年(1923年)に国の天然記念物に指定されている。
春日大社のご神体である御蓋山でも多く分布しており、隣接する春日山にも風などの影響で種が飛び拡大したと思われる。
成長のスピードは遅い木ですが、暗い場所でも成長することができや、シカからの被害を受けにくいこと、また、周りに別の植物が育ちにくくする効果(アレロパシー)をもっているため、原始林内でも局地的に純林状態になるなど、拡大傾向にある。

ナギの枝

遊歩道の入口から少し原始林の中に、大きなモミの木や杉が立ち並ぶ。
この付近はたくさんのイロハモミジが見られ美しい。

春日山原生林

少し進んで春日山原生林の話を聞くが12時を大きく過ぎたので今日の講義は終了となった。

来た道を引き返し、バス停大仏殿付近、夢風ひろばの柿の葉寿司ゐざさで昼食。
昼食後、久しぶりに手向山八幡宮、法華堂を経て二月堂へ。
奈良の市街地を見下ろし、中で少し休息。

二月堂

奈良市街地の展望

二月堂

大仏殿横から南大門を通って近鉄奈良駅で解散。
もう16時になっていた。今日も良く歩いた。

放出農園日記 11月                  2021/12/01

11月1日 午前中に家でタマネギ苗の下ごしらえ。
プランターで育てていた苗を掘り起こし、大きさをそろえて根を少し切る。

タマネギ苗の下ごしらえ

午後に植え付け、10月に用意した畝のマルチ穴は220個あったので少し足りなかった。
同時にスナップエンドウの種を畝にマルチしてから種蒔き。8穴に4個ずつ。

タマネギ苗の植え付け

スナップエンドウの種蒔き

11月2日 苗が少し足りなかったので午前中に天王寺の赤松種苗で赤タマネギの苗を50本購入。午後にこの苗を植えて今年の大きな作業は終了。

赤タマネギの苗の植え付け

余り乾かなくなったので水やりも天気と相談して。
今年はダイコンが非常に良く育った。

収穫したダイコン

茎ブロッコリー、キクナも順調に。白菜は虫でレース模様なのでいずれ処分。
蕪も良く育ったが少ししか播種しなかったのですぐになくなってしまった。

28日、農園の状況

万博記念公園 日本庭園 2021/11/24

大阪高齢者大学校の講義は万博記念公園で日本庭園に学ぶ。
いつもは大阪メトロ今里駅から大日駅に出て大阪モノレールで万博記念公園駅へ出るが。
今日は大阪メトロ今里駅から日本橋駅、阪急山田駅を経由して万博記念公園駅へ。
万博記念公園は何回か来ているが日本庭園へ行くのは始めて。
日本庭園の自然環境を学ぶがテーマで講師は菅井啓之先生。

講義風景

万博記念公園の中の日本庭園なので余り期待を持っていなかったが。
まず、園内に植えられた銘木に感動。
レイアウト、見せ方にすごみを感じた。

庭園の設計・施工の責任者、田路六郎は始めて知った。
大阪の身近なたくさんの公園に関わられたことに驚いた。
靭公園、大阪城公園、城北公園の新設、中之島公園の復旧、さらに長居公園の用地確保、設計及び一部実施を実現、市長公邸日本庭園の設計施工も在職中に構想し、大阪市の緑づくりに大きな役割を果された。

始めに正門の中央休憩所から近世地区心字池(しんじいけ)。
江戸時代は、庭の担い手となる大名によって、多くの庭園が作庭され、見るためだけでなく遊興等にも利用された。
「心字池」は、草書体の「心」という文字の形をした雄大な池で、中央休憩所からは、芝山(築山)を背景に、心字池、石組み、多くの名木、雪見灯篭など、日本庭園の成熟期にあたる華麗な「池泉回遊式庭園」の景観を鑑賞する。

心字池

次に西側の竹林の小路を
日本庭園を造成する前の千里丘陵には大規模な竹林が広がっていた。
「竹林の小径」は、郷土の風景を再現するためにつくられた場所で、手入れされた竹林の静けさの中で、「ししおどし」や「せせらぎ」の音が心地よい。

竹林の小路

深山の泉へ
平安時代は貴族の“寝殿造り”と呼ばれる邸宅に付随して「寝殿造り庭園」が作庭された。
「深山の泉」は、迎賓館を寝殿造りの建物と見立て、まわりのモミやイヌマキなどは、太古の大自然を表し、泉から湧きだした水は“時の流れ”を象徴し、4つの時代の庭園様式を取り入れた万博日本庭園の源泉を表現している。
平安時代は中国大陸の影響を大きく受けて、海をイメージした庭が発達した。
「深山の泉」に立つ石は、島々を表し、手前の石敷きは海岸の多様さを表した洲浜をイメージしている。

深山の泉

木漏れ日の滝へ
「木漏れ日の滝」は、高さ3.5mの二段落ちの滝を中心に、その左に一つ、右に二つの形の違った小滝で構成されている。
主瀑に使われている石は、庭園で最も大きく、その重量は1個で17tもある巨石が用いられる。
滝口からの渓流は、流音、姿とも力強さがあり、両岸にはモミジが多植され、真っ赤に染まった葉は紅葉渓の景色を呈している。

木漏れ日の滝

茶室千里庵の枯山水に
室町時代には、方丈前の小さな空間に、水を使わずに石や砂、草木などで自然風景の山と水を象徴化する「枯山水」の庭が発達し、禅僧はこの庭の前で悟りを開こうとして日々座禅に取り組んでいたという。
一見簡素で変化に乏しい庭に見えるが、太陽の移ろいによる砂紋の陰影、植物の多様な緑、生垣越しに広がる空の青も含めて違った色彩を見せてくれる。

枯山水

心字池の奥の芝山の裾を通り、現代地区の旋律の鯉池に
「旋律の鯉池」は、現代庭園をイメージして作庭され、自然石を使わず、直線に切り取られた切石が、オブジェのように並んでいるモダンな庭で、切石を山々がつながる様子と見立て、そこから湧き出た水が川を経て海に流れる自然の風景を描いている。
でも、直線の切石の背景の木はできたらシンメトリーな仕立ての針葉樹に、手前の乱張りの石も方形張りにしてほしかった。

旋律の鯉池

秋蘭 雪月花                     2021/11/03

雪月花の花

秋蘭素心・雪月花が咲いて、爽やかで甘い、素晴らしい香りを放っています。
今年8月に花が2茎上がり、狂い咲きしたので、もう咲かないと思っていたが本来の時期に綺麗に咲いてくれました。
今年は、一鉢で2度も楽しむことが出来、お得な気分です。

雪月花

雪月花

一緒に育てている中国春蘭も9月の初めに植え替えた鉢に蕾が確認できたのが2鉢。
植え替えていない他の鉢も蕾は見えないが葉がしっかりしているので後2鉢は咲いてほしい。
中国春蘭も素晴らしい香りがするので咲くのが楽しみです。

放出農園日記 10月 2021/11/01

10月も残暑が厳しく、月の半ばまで毎日の水やりが欠かせなかった。
葉物野菜、ダイコンは順調に生育したが気温が高いせいか虫害は酷く、ハナナや白菜は網目模様。
ブロッコリーの葉の裏には虫の卵だらけ、もう農薬は撒きたくないのでゴム手袋をはめてつぶしていく。
ハナナは虫害が酷く、キクナが陰になってきたので処分した。
雑草もますます繁茂し、手取り除草も毎回欠かせない。

気温が高いためピーマン・タカノツメは元気を取り戻し、再び実を着けた。

8日にインゲンを撤去してその後にホウレンソウの種を蒔いたがいまいち発芽が悪い。

葉の茂ったサツマイモを14日に掘ってみた。
植え付けが浅かったため親芋が肥大しその周りにできた芋も地表に出ており大きい芋だが表面がひび割れしていて食べられる状態ではなかった。
来年の再チャレンジを誓う。

葉の茂ったサツマイモ

地上に出てしまったサツマイモ

ネギ、キクナ、ルッコラは順調に収穫、蕪も大きくなって収穫した。
ダイコンはまだ小さく細い。

生育したネギ

ダイコンの畝

葉物

22日にタマネギの植え付け準備のためピーマン類をすべて撤去し、堆肥・鶏糞・有機石灰を混入して耕耘。

資材の混入

耕耘

29日にも再び合成肥料を撒き耕耘し敷き均す。

敷き均した畝

31日に畝を作り黒マルチを敷いて、10cm間隔で穴を開けた。
55×4=220穴

黒マルチと穴開け

玄関横でフランターに種を蒔いてタマネギの苗を育てているが何本あるだろうか。
来月早々、タマネギの苗を植え付け、エンドウの種を蒔く予定。

マルバノキ                      2021/10/27

今日は大阪高齢者大学校の自然文化を楽しく学ぶ科の講義で私市の大阪市立大学付属植物園へ。
私市の駅では大きなクスノキが出迎えてくれ今日の講義の期待が高まる。

私市駅

コロナ禍の影響で午前中は近くの研修会場「星の里いわふね」で大阪市立大学大学院理学研究科の厚井聡先生の絶滅危惧種の話。
絶滅危惧種の保護、保全する意義や意味についてはかなり難解であり、難しい。
講義が終わって昼食後、午後は植物園に。

植物園入口

私は葉っぱで栞を作っている。ハートの形をした葉っぱは可愛く微笑ましい。
ハートの形をした葉っぱというとカツラやトサミズキなどがあるが、マルバノキの葉っぱもハートの形をしている。

ネットでマルバノキを検索すると大阪市立植物園にあるという。
大阪市立植物園のある私市は枚方から乗り換えしなければならないので遠くに感じ、なかなか行く機会がなく学生の頃に行ったきり。

今日の最大のお目当てはマルバノキと対面すること。
できたら、紅葉した葉っぱをゲットして栞にしてみたい。

園内の見学は本来なら班ごとに行動すべきだが。
とりあえず、花木園にあるマルバノキを求めて一人で行動させてもらう。

花木園は樹にすべて樹名札が付いていて様々な花木が植えられている。
いきあたりばったりでなかなか見つからなかったが、行きつ戻りつしてやっと見つけた。
ちょうど花も咲いている。
花は濃い赤黒の花で珍しい形をしているが何せ小さく目立たない。
花も残り花のようできれいな写真は撮れなかった。

マルバノキ

葉っぱはハート型で美しいが思ったより大きな葉で、紅葉している葉も少なく、きれいな葉は無かったが、2枚採取した。

マルバノキ

マルバノキとの対面を果たしたので班の皆さんに合流し、少し樹の解説をしながら園内を見学。
コウヤボウキの花にたくさんの蝶々が蜜を吸いに集まっていた。

コウヤボウキの花と蝶

最後に今日講義を受けた西日本絶滅危惧種の展示場所へ。
絶滅危惧植物の保護、増殖された種が展示されているが、シランやキキョウを保護、保全する意味はどのくらいあるのか。
展示されているキイジョウロウホトトギスは我が家でも作っている。
花をきれいに咲かせるのは非常に難しいが、葉が焼けても翌年の新苗はよくできる。
民間の研究室や各地の山野草会との連携も考えて良いと思うがこの頃は各地の山野草会も高齢化が進み衰退して元気がないように思える。

植物園内の西日本絶滅危惧植物の展示園でメンバーの一人が展示園というより絶滅危惧種の墓地に見えると言っていた。
見せ方にも工夫がほしいと思った。

西日本絶滅危惧種の展示

熊野街道 紀伊路 1  2021/10/17

紀伊路は7世紀以降、熊野三山の公式ルートとして多くの参詣者が利用したが、摂津国・和泉国では和泉山脈を越え、紀伊国では紀伊山地と紀伊山地に源流をもつ河川を越えなければならない困難な道です。

険しい道であったにもかかわらず多くの参詣者が利用したのは、”九十九王子”への巡拝が行われる「信仰の道」であり、困難な道程を越えて行くこと自体に信仰上の意義が見いだされたためだったそうです。

また摂津や和泉では「熊野街道」とも呼ばれたように、紀伊路は幹線道路として紀伊路沿いの住人たちの”生活道路”でもあった。
大阪・和歌山を繋ぐ重要な道であったために、現代では発展とともに古道本来の姿は失われ、ほとんどが道路や集落内の舗装路となってしまっている。

”山中渓駅”を起点として紀州街道「山中宿」からスタート!大阪府最南端の”雄ノ山峠”を越えて「泉州」から「紀州」に入る。
峠を降りて、九十九王子を辿りながら山口神社・力侍神社へと進み、川辺橋で「紀ノ川」を渡って”布施屋駅”を目指す。

山中渓駅は小さな無人駅、今日のコースはトイレが少ないのでここですます。
山中宿には寄らず、傍の道祖神にハイクの安全と無事を祈り出発。

道祖神

県道64号線を和歌山県目指して南に進む。
カーブが多く、車もスピードをだして走行しているので縦一列で歩くが少し怖い。

山中渓駅からしばらく進んだ道路沿いに、山中関所跡がある。

阪和自動車道の高架を抜け、和歌山県との境にある”境橋”に。
ここに「日本最後の仇討ち場」の石碑がある。

境橋

和歌山県に入ってからも県道を進むが、途中、一旦踏切を渡り”滝畑”の集落内へ入る。
踏切を渡ったところに「中山王子跡」がある。
中山王子は紀伊国で最初の王子社。

中山王子跡

ヤタガラスが刻まれた中山王子の石碑。

中山王子の石碑

裏の立派な民家にウバメガシの門冠ぎ、ウバメガシは珍しいと思い写真を。

ウバメガシの門冠ぎ

雨上がりの滝畑の集落内でのカラスウリの実が美しい。

カラスウリ

集落を抜けて再び踏切を渡り、再び県道に。ここで小休止。
再び県道を進む!このあたりから緩やかな登り坂、しばらく進んで登りきったところから、緩やかに下り始める。

傍らに鮮やかな花のキクアザミ?にスズメガの一種ヒメクロホウジャクが。

キクアザミ?とヒメクロホウジャク

阪和自動車道の鉄橋が見えてくると、このあたりが”雄ノ山峠。

阪奈自動車道の鉄橋

雄ノ山峠には”不動明王”さまの祠。

峠の不動明王

雄ノ山峠からは急な下りとなる。

京奈和自動車と阪和自動車道が合流する「和歌山JCT」が見えてくる。
和歌山JCT。思わず写真を取りたくなる。

和歌山JCT

和歌山JCT

側溝にクレソンを発見、ゴミ袋に何杯も採れそう。

側溝のクレソン

和歌山JCTの下を潜って暫く進むと、県道の左に脇道があり下ると山口王子跡が。

山口王子跡

山口王子の石碑

この王子社は明治時代の神社合祀によって、”山口神社”に合祀されたそうだ。
ヤマブドウの青い実が美しい。

ヤマブドウの実

少し、道に迷いながら、山口神社に到着

山口神社

山口神社で昼食の予定だったがパスして次の川辺王子を経由して力侍神社を目指す。

山口神社の鳥居

まずは山口神社の鳥居からそのまま真っすぐ下って、コンビニを目印に右へ曲がる。
ここから県道7号線沿いを20分ほど進む。
ここも歩道がなく少し怖い。

県道を進む、中村モータースさんの向かいに地蔵尊(お大師さん)がある。

お大師さん

ここを左折。和歌山市街に入ると、足元に”導き石”が埋め込まれている。
紀伊路は集落内を進む場面が多く、道がわかりにくい。

少し迷うが戻って、導き石をたどっていくと、川辺王子に到着。

川辺王子

直ぐ側に大きな木。エノキか。

エノキの大木?

ここから力侍神社(りきしじんじゃ)を目指すがまた迷う。
地元の人に聞いてもあまり埒が明かない。
トイレとベンチのある公園がありここで昼食となった。

後で確認したらデイサービスセンター山口葵園の西隣、公園の名前はわからなかった。
地図上では力侍神社まで100M位の場所だった。

ここからなんとか力侍神社へ。
摂社である八王子神社と並立し、先程の川辺王子・中村王子もこちらに合祀。
立派な神社で榊の木が丸く刈り込まれていた。

力侍神社社殿

力侍神社社殿

力侍神社の入口の鳥居を西に行くと”中村王子跡”の看板がある。中村王子跡には看板だけ。

力侍神社の鳥居

川辺王子

看板だけの中村王子跡

力侍神社に戻りから道なりに進むと、国道24号線に突き当たる。
ここはそのまま横断して進むが、車通りが多いので、すぐ横の横断歩道を渡るよう案内がある。

横断歩道への案内

しかし、みんなで渡れば怖くない。

再び集落内へ立派な屋敷と土壁が美しい。

集落の大きな屋敷

屋敷の土壁

集落内でススキ

集落を抜けると、いよいよ大詰めの紀ノ川の河川敷が見える。
土手に上がり川辺橋に進むが土手の道路は側道もなく、車が多い。

迂回する別ルートがあったがそのまま道路の横を歩き、川辺橋に到着!
いよいよ紀ノ川を渡る。延長755M、長い長い橋、紀ノ川は広い。

紀ノ川

紀ノ川

川辺橋

川辺橋を左にマンションの脇にある右の道を進めば200mほどでゴールの布施屋駅。

もう帰るのには良い時間。しかし、・・・。
ここから大きく遠回りして、そのまま真っすぐ行き、吐前踏切を渡って、吐前王子跡を経由して布施屋駅へ向かうのか。
でもしばらくまっすぐ歩いたが途中で戻り、布施屋駅近くに、ここから帰るかと思いきや集落の中を通って吐前王子跡へ。
約1キロメートルを歩くと田んぼの中に吐前王子跡があった。

吐前王子跡

吐前では紀ノ川の水で心身を清める”水垢離”行ってから王子社に参拝するのが通例だったとされた。
江戸時代にはこの王子社は王子権現と呼ばれて、付近は森に覆われていたと言うが今は何もない。
地元の人はこの土地を「オコードー」と呼ぶそうで、「御幸道」あるいは「御幸堂」を指す。

来た道を戻り布施屋駅からJR和歌山線で和歌山駅に出、JR阪和線の紀州路快速に乗り換え天王寺に。かなり遅くなってしまった。

熊野古道、紀州路の名前からもう少しのんびりした、歩きやすい、ひなびた道をイメージしていたが土の道はなく、すべての道は舗装道、車の通行の多い道も多くあった。
山口神社や力侍神社は歴史も趣もあり良かったが王子は碑や看板だけの所もあり、インパクトに欠けた。大阪から少し遠く、歩行距離も長かったのに満足度は今ひとつだった。

タイワンモクゲンジ                  2021/10/14

大阪高齢者大学校の自然に親しむ科の自主活動を難波宮跡の樹木を調べることに決めた。
(曾野綾子)の「目立ちたくない」は卑怯な姿勢というフレーズに何となく背中を押され、かなり出しゃばってしまった。

授業の帰りに下見のため寄り道をした。

ケヤキ、エノキ、ムクノキ、アキニレ、イチョウ、センダン、アオギリ、アカメガシワ、クスノキなど身近な樹が確認できた。

遠目で何か咲いているのか紅葉しているのかわからない樹を見た。
樹の傍には人がいたのでそのまま帰った。
帰ってから難波宮跡の樹木で検索するとタイワンモクゲンジが咲いていると言う記事が目に留った。
遠目で気になった樹はタイワンモクゲンジか。

次の日、カメラを持って確認に出かけた。
タイワンモクゲンジだった。
始めて聞く名前だ。
初めて見る花に実、どちらも変わっている、何故ここに植わっているのか?
花はもう終わり、高いところに少し残り花が見える。
標準のズームレンズなのでアップは撮れない。
精一杯背伸びして撮影した。
自主活動のテーマを決めてすぐに珍種にお目にかかれるなんてラッキー。

タイワンモクゲンジ

タイワンモクゲンジの花

タイワンモクゲンジの花と実

タイワンモクゲンジ            モクゲンジ科ムクロジ属。
台湾から中国にかけての原産で、熱帯から亜熱帯で広く植栽されているらしい。
成木になると樹高5m、張り5mととても大きな株に生育する。
半耐寒性の性質で、冬になると地上部は枯れあがり、落葉する。
とても丈夫で国内でも地域によっては、庭園、公園、街路、学校緑化などに使われる。
英語名はflamegold(金色の炎), 黄金の炎は、花を指していると思う。
Taiwanese rain tree;レインツリーはネムノキを意味するが。
雨の降る季節の花というイメージか、傘形の樹形に似ているからか。
開花期:9~10月
花は、真っ黄色でたくさん咲くので満開の折にはまるで巨木が輝いているように見えるらしい。
ただし、花はあっという間に咲き終わり、ピンク色をした紙質の果皮がシャンデリアのように付いているので、それも遠くから見ると花のように見える。
果皮の中には、直径5mm程で真っ黒の種子が2、3個入っていて、固い。
この種子の固い性質を利用して、数珠やネックレスなどの民芸品が作られる。
近年、日本ミツバチの養蜂をする方が増えたため、秋の蜜源植物としても注目を集め始めている。でも花の時期は短い。

私はムクロジの木は果実で無患子人形を作っているのでなじみがある。
羽子板の羽根の重りはムクロジの黒い実である。
タイワンモクゲンジの実も殻を破ってどんな実が出てくるのか興味は尽きない。

山酔会 河内飯盛山        2021/09/28

山酔会の催し、コロナ禍であるがアケボノシュスランを見に行くと言う。
アケボノシュスラン? 30代ぐらいの時、ミヤマウズラやベニシュスランに手を出したが増やすことができず、3年ぐらいで枯らすのでそれからはこのたぐいの物には手を出さない。
アケボノシュスラン、野生欄の写真集や山野草系の園芸雑誌で見たことがあるかないか。
小さな姿の小さな花なのであまりインパクトはない。

アケボノシュスラン ラン科 シュスラン属
山地の主に落葉樹林内に生える多年草。茎の基部は地を這い、上部は斜上し高さ5〜10cmになる。葉は数個互生し、長さ約2~4cm、縁は波うち、葉脈が目立つ。茎頂に数個の淡紅色の花をやや偏ってつける。顎片は狭卵形で長さ約10mmで、側花弁、心弁もほぼ同長。長さ約1cmの花を横向きに開く。 背萼片と2個の側花弁は互いにくっついて花の上側を覆う。 花期は9~10月。北海道~九州に分布。

はじめは高安山に行く予定だったが小さな群落しかなく花の時期もまだと言うことで河内飯盛山に変更になった。
リーダーは2回も下見に行かれたのだ。

9:30、JR野崎駅、駅前に集合。参加者は5名。
野崎観音慈限禅寺を経由して飯盛山に。
娘が四條畷に住んでいるので2~3年前に孫と娘と一緒に飯盛山には登ったことがある。
その時は頂上からUターンして帰ったので野崎からの道は始めて。

歌で有名な野崎観音だが初めての参拝。
まず参拝道をだらだらの上り坂から急にそびえ立つ石の階段。
すごい威圧かんがある。

慈限禅寺の石碑

慈限禅寺の石段

階段を登りきり本堂にお参り。
軒に小さな動物の人形がつってある。
これは安産祈願の張り子の戌だった。

慈限禅寺本堂

張り子の戌

本堂から展望台に続く道を登り、飯盛山を目指す。
行きは南尾根コースで桜池へ。
道は花崗岩の上を行く険しいところもある。
樹冠の道にはたくさんのいろいろなキノコがでていたがキノコの専門家はいないのですべてパス。
尾根筋に鮮やかなブルーの花が咲いていた。家に帰ってから調べたがナンテンハギみたい。

ナンテンハギ?

ノロノロと平均年齢70以上のグループは進む。
11時過ぎアケボノシュスランの自生地付近の桜池に到着。
桜池から飯盛山の山頂に向かうハイキング道のすぐ横の湿地にアケボノシュスランの自生地があった。
もう少し道から外れ険しい谷に下りた場所と想像していたので呆気にとられた。
ハイキング道から群落が見えている。
ただ、興味の無い人や知らない人は花も小さく目立たないため気がつかず通り過ぎるだろう。
でも、ネット上に場所のわかる記載もあったのでハイキング道から群落まで靴の踏み跡がたくさん付いていた。
大きな群落で5㎡ぐらい?のものが何カ所かあるみたい。
落葉樹林の下に、アケボノシュスランが一面に広がる。 
花は残念ながら少し遅かったみたい。萎れている花が多かった。
花の写真を撮る。なかなか良いアングルは?

絶妙なグラデーション、薄い肌色に、かすかに紅色が混ざったような色。 
この色を夜明けの空の色にたとえ、アケボノの名がついたようだがここのはほとんど白色。
シュスは、葉の表面の艶が繻子織の布(サテン)に似ていることからの由来。
なんとも名前は優美ですね。
十分開花した花は、親鳥にエサをねだる幼鳥のクチバシにも見えます。
今日のメインのアケボノシュスランの観賞も5~6分で終わり。

アケボノシュスランの自生地

アケボノシュスラン

アケボノシュスランの花

お腹をすかしているので昼食予定地の山上の展望台を目指す。
途中でヒヨドリバナの花の蜜を吸っていたアサギマダラ(蝶)の優雅な姿が見られた。

ヒヨドリバナの花

アサギマダラ フリー素材

山頂の展望台には12時過ぎに到着。
大阪の町の展望もそこそこに昼食タイム。
いつも通り、リーダーは瓶ビール、私は頑張って風の森の大吟醸の小瓶を保冷バックに入れて持参。今日もう一つのサプライズは炒ったどんぐり(マテバシイ)。
食べ終わるとすぐにお開き、帰りは七曲がりコースで野崎観音の戻り、駅を目指す。
今日は曇り空だったがそれでも暑い。
久しぶりの山行きは少し足に来るが心地よい。

熊野街道を歩く会 紀伊路(小栗街道)          2021/09/19

大阪天満橋 八軒屋船着き場 9:00集合

東大阪歴史の会の清水先生よりたくさんの資料を頂く。
1、 熊野古道を歩く会紀伊路(小栗街道)シリーズ A5 14P
2、 八軒屋船着場から住吉大社までの地図 A4 3枚
3、 坐摩神社御由緒略記 時の鐘 四天王寺境内地図 四天王寺のお話  竹本義太夫の墓 各 A4 1枚
4, 熊野古道名所展望 紀州街道編その1 A4 10P
   近松門左衛門墓 高津宮 生國魂神社 庚申堂 松虫塚 阿倍王子 神社
5, 八軒屋の今昔 熊野街道のはじまり B6 26P 小誌 永田屋昆布 本店(非売品)

今日の行程は八軒屋・・・窪津王子・・・坂口王子・・・郡戸王子・・・生國魂神社・・・四天王寺・・・松虫塚・・・阿倍王子神社・・・万代池公園・・・東住吉駅 歩行距離約11Km、時間4.5時間

これは盛りだくさん、コロナ禍の自粛中、久しぶりの街歩き、体と頭がついて行けるか。

まずは窪津王子由縁の坐摩神社へ、しかしコロナ禍の休日なのか入口の扉が閉まっており、外からお参り。

大阪市内の熊野街道の由縁の王子の場所や史跡は豊臣秀吉や江戸幕府が配置換えを何度もなされており、正確な場所はわからないことの方が多い。
跡の碑や案内板だけだと印象も薄く、市民の生活の場に埋没しており、目立たなくわかりにくい。

今回の印象の残った所は八軒屋の船着き場の跡の石畳みの階段、四天王寺南の清水地蔵尊、榎大明神、松虫塚等で興味深く回らせてもらった。

まずは窪津王子由縁の坐摩神社へ、しかし、コロナ禍の緊急事態宣言中と言うことで入口の扉が閉まっており、外からお参り。

少し戻ると永田屋昆布本店の看板。立派な八軒屋の今昔という小誌で始めて永田屋昆布本店をしった。

永田屋昆布本店の看板

ほとんどの人は知らない八軒屋の船着き場跡の石畳みの階段は石の配置、すり減り方など歴史を感じさせてくれた。

船着き場跡の石畳

窪津と高津の説明はわかりやすく、王子や宮が少し身近に感じられた。

大阪市内で清水の湧くところがあるとは知らなかった。
庶民の生活の中心となり、神聖な場所として地蔵尊が祀られたのだろう。

清水地蔵尊

エノキの木は木偏に夏。
エノキのえは良い・大切な・便利なという意味がある。
エノキが元気に生えていることは人々にとって好ましい環境をもたらす。
枝下の空間が広く、夏の木陰に涼しい風が吹く。
枝振りが緻密なため木漏れ日が細かい。
旧街道の一里塚や道祖神の脇に植えられ、目印となると共に旅人にひと休みする木陰や陽だまりを作る。

榎大明神は楠木正成のお手植えとも言われ樹齢650年のエノキの古木と小さな社が祀られていたと伝わる。
今植わっている大木は中国原産の槐(えんじゅ)であるが。
元々はエノキが植わっていたと思いたい。

榎大明神

松虫塚にも大きなエノキが植わっていた。
残念ながら枯れて切り株が見られた。
切り株からはたくさんのキノコが出ていた。
このキノコは天然のエノキダケ?
エノキは生命力が強く、町のあちこちでエノキの実生(赤ちゃん)がみられる。
松虫塚には次代のエノキを植えてほしい。

松虫塚

エノキの切り株ときのこ

道すがら道路の中央部や道路沿いに走る阪堺電車のチンチン電車。
すぐの身近な所で見るチンチン電車はカラフルな色使いで可愛い。

阪堺電車

阪堺電車

いろいろと見応えのある街歩きだったが少し疲れた。

大阪高齢者大学校 京都御所の樹木観察       2021/7/14

 10時過ぎ京都今出川駅に到着。今出川駅の入り口を占拠してしまった。

今出川駅

御所に移動、乾御門の入口で説明を受けて樹木観察が始まってすぐに大きな雨粒がポツポツ。

画像の説明

すぐに空が暗くなり、雷と共に豪雨となった。
慌てて、すぐ傍に大きめのトイレの中と庇に避難。
雷雨はなかなか収まらず、約1時間のトイレでの講義となってしまった。

雷雨

豪雨

御所の樹木は環境省が管理しているのであまり手をかけずのびのびと生育している。
ケヤキ、モミ、アカマツ、クロマツ、イチョウ、ムクノキ、エノキ、ツガ等あまり他では見られない、大木が多く見られ、説明を受けた。

講義中

ケヤキの大木

御所の樹林は湿度が高いのか樹幹に苔が多く見られる。
同じニレ科のムクノキとエノキが隣接して植わっていて、樹皮のはがれ方の違いからかムクノキには苔が乗っていなく、エノキにはきれいに苔が乗っている。
同じニレ科の木なのにどうして異なるのか不思議である。

ムクノキとエノキ

イチョウの樹冠の広さには本当に圧倒された。

イチョウ

イチョウの樹冠

1時間ぐらいしか観察時間が取れなく、コロナ禍の中ということで午後の自主活動も中止となり、残念だった。
もう一度来てゆっくり観察してみたいと思った。

山酔会 交野山           2021/06/10

今日も良い天気、真夏日の予報。
9:00前に最寄り駅、集合。
JR学研都市線に乗り継いで津田駅へ。
津田駅から南へバス道路沿いに倉治バス停まで、バス停を東に曲がる、右手に機物神社。

機物神社入口の鳥居

神社に沿って歩くが広い敷地の神社である。由緒はなんだろうと思いながら進む。

第2京阪自動車道のガードを越え、奥津宮神社を経て源氏の滝へ。

奥津宮神社

マイナスイオン充分で清涼、爽やかな道が続く、木漏れ日が美しい。

清涼感のあるせせらぎ

源氏の滝

滝の横の急な階段は宣春院、不動明王が祀ってあり、護摩場が設置されている。

宣春院

ここを過ぎ広場に出る。
ここから右へ急な岩場の多いせせらぎの道へ。
しばらく進んで行くとせせらぎの道が土砂崩れで通行止めに。

通行止めの看板

迂回路として険しい谷づたいの小道でみはらしの道へ。
途中ヤマアジサイの群生が美しい。

山アジサイ?

みはらしの道を交野山の方に、せせらぎの道からのルートに交わり、交野山へ。
頂上手前の急な階段の両側に今日のお目当てのササユリが。
多くの花は盛りが過ぎていたがまだ蕾もちらほら。

ササユリの蕾

ササユリの花

ササユリの群生

ササユリの甘い香りに鼻をくすぐりながら山頂へ。
山頂からのご来光は交野八景「交野山の来光」で選ばれている。
山頂の観音岩に圧倒されながら岩の上に立つ。
少し霞んでいるがアベノハルカスも確認できた。
空は真っ青、岩の上の人のシルエットと好対照。昼の時間だが山頂は日陰もなく陽射しが暑い。 

交野山山頂

交野山山頂

少し、下山して交野いきものふれあいの里を経て、白旗池の堰堤に。
堰堤の斜面にもササユリが見られたが花は終わっていた。
代わりにオカトラノオの白い可憐な花が迎えてくれた。

オカトラノオの花

いきものふれあいセンターの傍のテーブル・ベンチで昼食。
山酔会の名前にふさわしく、Oリーダーはいつもの瓶ビール。私はアルミ缶。T嬢は今日はおとなしく控えめに果実酒。
お腹が落ち着くと下山へ。
交野カンツリークラブの隧道をくぐってしばらく行くと鮮やかな紫紺の小さな花のコバノタツナミソウが眼を楽しませてくれる。

タツナミソウの花

ヒノキ林の中の道

檜林の中を通り、約90分、14:30頃JR津田駅に到着、帰宅へ。
天気に恵まれ、気持ちのいい、山行きとなった。

ドングリストラップはラッキーアイテム  2021/5/23

シリブカガシのストラップ

ドングリストラップをもう10年ぐらい前から作っていたがラッキーアイテムとは知らなかった。
ドングリストラップは単にドングリが丸くて可愛いから。
特にマテバシイとシリブカガシのドングリは皮が硬く虫も入りにくい。
丈夫で普通使いだと何年も壊れることもない。布で磨くと艶がでるので美しい。
他のドングリ、アラカシやコナラなどで作ると乾燥してぼろぼろになりやすいので、私の作るドングリストラップはこの2種類。。
そんな感じで作っていて、ボランティア仲間や知人、公園でドングリが好きそうな子供にあげていて、可愛いとかすごいとか、結構評判は良い。

朝日新聞 2021/5/17 (しつもん!ドラえもん:4024)ラッキーアイテム編

質問 イギリスで大事(だいじ)にされている木(き)の実(み)は何(なに)かな。みんなも拾(ひろ)ったことがあるかもしれないよ。

答 ドングリ
 「オークの大樹(たいじゅ)も小(ちい)さなドングリから」っていうことわざがあるんだ。小(ちい)さな実(み)が大(おお)きく育(そだ)つから、希望(きぼう)や可能性(かのうせい)を象徴(しょうちょう)すると考(かんが)えられているよ。

こんな記事が目に留ったのでラッキーアイテムのドングリについて調べてみた。

団栗(どんぐり):不老不死の願い
カシの木は、長寿、不死の象徴とされ、その実であるドングリには若さを保つ力があると考えられています。丸い形、発芽する姿から生命をも意味し、永遠の若さを象徴しています。
以上の引用は: 「世界のラッキーアイテム77」 (大和田聡子著ダイヤモンド社2006年刊)

オークの実(ドングリ)
男性の性的シンボルでもあり、魔よけの護符とされた。」
オークは木々の中でもシンボルとしてとりわけ重要で、材質が固いため、 不死や永続性の象徴とされる。
オークには雷が落ちることが多いと信じられ、稲妻の神ゼウス、雷神トールにささげられた。
オークの葉にはライオンを呪縛する力があると信じられ、堆肥にオークの杭を打ち込むと蛇を寄せ付けないとされた。
ドイツではロマン派の詩人にゆるぎない力の象徴とうたわれ、それゆえに、ナチスの時代にも騎士十字勲章の図柄に「オークの葉」があしらわれた。

北欧などでは、どんぐり(樫の木)は生命、多産、永遠の命の象徴とされている。
どんぐりの実を一粒持っていると、病魔から身を守り 若さを保ち 長生きすることができるという言い伝えもあるらしい。

イギリスのことわざにGreat oaks from little acorns grow. (カシの大樹も、小さなどんぐりから)というが あります。
小さな実から大木になるとのことで「大きく育つ可能性=成功」を意味しています。
それが世界中に広がり、希望や可能性の象徴としてもよく使われるようになりました。
北欧では雷から家を守るために、窓際にどんぐりを飾る風習もあります。

知らなかった、これからドングリストラップをあげる時の蘊蓄が増えた。

2021年 石斛の花 2021/05/17

ことしは早春から暖かい日が続き、向いの桜の木も3月末には満開となってしまった。
桜の花と共に栽培している石斛の花も咲き始めた。
石斛は平成の初めくらいから集めだし、鉢の大きさも2.5号の素焼き鉢が中心になるため、そう置き場もいらないので300鉢近くになってしまった。
さすがにもうあまり手を出さなくなったし、石斛の人気も陰りが出てしばらくなる。
しかし、5月の姫路の石斛の展示会は、毎年覗いていたが昨年からはコロナ禍の影響で見にいけていない。
5月も半ば、遅咲きの石斛も少し残っているが今年はこれで終わり。
花より新芽の姿、数、大きさにより興味を引かれるのはまだまだ欲の性か。 

3/31ソメイヨシノと石斛の棚

4/3白花石斛

4/8桃花石斛

4/8北側の石斛の棚

4/8白花石斛

4/8赤花石斛

4/8白花変化咲

4/13棚の様子

4/15赤花石斛

4/22石斛釣り栽培

4/22石斛七種姫

緑花

フウランと混植

ダルマ石斛白花

ダルマ石斛桃花

大阪高齢者大学校 自然文化を楽しく学ぶ科 2021/04/14

大阪高齢者大学校入学式は4月4日(日)で他の予定とかさなってしまったので欠席。

初日の授業は10:30から、9:20分過ぎに自宅を出て大阪メトロ緑橋駅に、今日の昼飯を駅付近のサンカフェでサンドイッチを購入。
初日は要領がよくわからないので簡単に食べられるものにした。
緑橋駅から谷町4丁目駅へそこから徒歩で教室である大阪市教育会館へ。
10時過ぎについたがもう半分ぐらいの人が来ていた。

まずはクラスディレクターの中原氏から新型コロナウイルス感染予防対策やオリエンテーションの予定等の連絡事項があって、10:30から菅井啓之先生の講義を受ける。

菅井先生は自然文化を楽しく学ぶ科の授業の講義を11回される。
11回の講義の全体像と自然文化を味わうための自然の見方について話された。
先生は知識を覚えるより自然からの気づきが大切。ひとつの木や花もいろいろな角度からいろいろな時間で観察することが大切だと。
花が咲いているときだけが木の見頃ではない。他の時期も観察することが大事だと。

今日の道すがらで、見てこられた、イチョウの若芽の形は?ヤマモミジの花や実の形は知っていますかと。

帰り道にイチョウの若芽とモミジの実を見つけて観察、なるほど今までに無い気づきであった。

モミジの果実とイチョウの若芽

イチョウの若芽

今日は初日なのに、大阪のコロナ禍の影響で蔓延防止条例が発動されているので急遽、講義は午前中だけとなり、クラス運営の説明や班編制、自己紹介等がなくなってしまった。

大阪高齢者大学校受講のひとつの目的は仲間作り、私の性格ではなかなか気の合う人にめぐり逢えないので班編制は気になる。
人付き合いが負担になると楽しくなれない。なかなか難しい。

山酔会 JR福知山線 生瀬~武田尾 廃線敷きコース  2021/04/06

東大阪歴史散歩の会の有志で作る番外編の山歩き会があり誘われた。
4月4日の東大阪歴史散歩の会の普賢寺谷と飯岡山遺跡に行って2日後の4月6日の強行日程で4月6日は病院に行く予定だったが急遽4月5日に病院に行くことにして参加することにした。
知らされたのは集合場所と時間、行き先は生瀬と言われたがよくわからないまま参加した。
最寄駅大阪メトロ今里駅8:30集合、梅田駅に出て阪急に乗り換え宝塚へ、宝塚からJR福知山線の乗り換え次の駅生瀬へ。10:00頃到着。
このルートの料金が一番安いらしい。

生瀬駅から廃線敷き入口までR176線の細い歩道を歩く、歩道の横にノビルがたくさん生えていておいしそうだなと横目で見ながら歩くこと15分。

廃線敷内にはお手洗いや売店、自動販売機がなく入口付近に仮設トイレが設けられている。

武庫川渓谷案内板

廃線敷は歩き始めてすぐ、スケールの大きな岩山と武庫川渓谷の自然豊かな風景に圧倒される。
橋梁を渡りながら右手に川を眺めて歩くと、巨石がごろごろと転がっている。

武庫川渓谷 

武庫川渓谷岩山

まず、北山第1トンネル319M。
トンネルの中は真っ暗、ここは枕木がなくすべてバラス敷きの道。
あまりでこぼこが無いようなので明かりを灯さず進む。
真っ暗な中、神経を研ぎ澄まして歩く、非日常的でとても面白い。

北山第1トンネル入口

北山第1トンネル出口 

北山第1トンネル出口

トンネルを抜けると右手に岩山が見える。
次に北山第2トンネル413M。
ここは枕木が敷いてあり、枕木とバラス敷きに少し段差があり、枕木を踏み石のようにして歩かなければならないので灯りを付けた。
枕木は等間隔に敷いてないので歩幅を合わせなければならない。

北山第2トンネル入口

北山第2トンネル出口

抜けると武庫川の流れがかなり急なところがあり、迫力満点。
ふと足下にマムシ草が挨拶してくれた。

武庫川渓谷

マムシ草

コースの横に枕木がたくさん積んであり、廃線敷きの雰囲気を高めてくれる。

枕木

次は溝滝尾トンネル149M.
通り抜けると迫力のある第2武庫川橋梁が出迎えてくれる。

溝滝尾トンネル入口 

溝滝尾トンネル出口

第2武庫川橋梁

続いて長尾山第1トンネル306M。

長尾山第3トンネル入口

長尾山第3トンネル入口

長尾山第3トンネル出口

武庫川渓谷

これを抜けると昼食の予定の親水広場に出る。
親水広場には多くの人が休息していたが広く、組み合わせたベンチのところが空いていたのでそこで昼食にした。
この会は昼酒もありでそれぞれ思い思いに持参。
私は菊水のアルミ缶を忍ばせた。

親水広場 

親水広場

昼食後まだ残っているヤマザクラを遠眼に見ながら長尾山第2トンネル147M、長尾山第3トンネル91Mを抜け廃線敷き出口に。

長尾山第2トンネル 

長尾山第2トンネル出口

廃線敷き出口

トイレ休憩を挟んでJR武田尾駅へ。

トイレ

14:00過ぎの電車で帰宅。

思いがけない面白いコース、今度は孫を連れてこようかなと思った。

東大阪歴史散歩の会 普賢寺谷と飯岡山遺跡      2021/04/04

1週間前から4月4日(日)は雨の予報。
前日の3日の予報は朝から雨。
あまり気が進まないが新しい5月からの東大阪歴史散歩の会の予定をもらわなければならないし、T女子の宿題もあるので雨の覚悟で用意をする。
朝、5時30分に起床、玄関から外の様子を見る。
まだ、降ってはいない。少しだけ安堵する。

9時過ぎに会の集合場所近鉄京都線興戸駅に到着。
参加費300円を払って今日の資料とこれからの活動予定表をいただく。

9時30分過ぎに興戸駅を出発、JR同志社前駅で待っている人と合流して同志社の敷地にある天神山遺跡を目指して歩く。

天神山遺跡へ

日光寺、妙覚寺を経て天神山遺跡へ。

妙覚寺

天神山遺跡
同志社大学田辺キャンパス造成時に発見された弥生時代後期の竪穴住居の集落遺跡。
普賢寺谷入口の北側、標高80メートルの丘陵地の南北90m、東西60mの平坦地に、弥生時代後期の集落跡が残されている。水際での生活から、川に沿って山を開き集落を形成していったといわれ、20軒以上の竪穴住居跡が発見されている。また、住居形態の変化と合わせるように利器の素材も石から金属へと変わっていったことから、弥生時代から古墳時代―大和政権の確立―への社会の変化をうかがい知ることもできる。南山城地域における高地性集落の代表例として注目を集め、現在は同志社校地内に史跡公園として整備・保存・展示している。

天神山遺跡案内板

天神山遺跡

遺跡の説明板 

桜の花びらで彩る花筏を見ながら普賢寺川沿いを観音寺へ。

普賢寺川の桜

観音寺の前の菜の花畑が我々を迎えてくれる。
真っ黄色の菜の花はインパクトも強くきれい、でも少し見頃は過ぎている。
お寺の桜も早や葉桜に近い。もうしばらく持ってほしかったと少し残念。

観音寺の桜と菜の花

11時30頃、いつ雨が降り出してもおかしくない天気予報なのでここで少し早い昼食となった。
昼休み後拝観料を払って観音寺の国宝十一面観音に礼拝する。
住職の立て板に水のごとくの解説後、国宝の十一面観音を手に取れるほどの所で拝観できるのはすごい。

観音寺
天武天皇の勅願により義淵僧正が創建した。その後、聖武天皇の御願により良弁僧正が伽藍を増築し、息長山普賢教法寺と号し、十一面観音立像を安置したといわれている。 法相・三論・華厳の三宗を兼ね、七堂伽藍は壮麗を極めて「筒城の大寺」と呼ばれた大寺院であったと伝えられている。度重なる火災により、現存しているのは本堂、庫裡、鎮守(ちんじゅ)の地祇(ちぎ)神社だけである。本堂は昭和28(1953)年3月に再建された。単層で入母屋造(いりもやづくり)、本瓦葺(ほんかわらぶき)で南に面している。境内の西方、丘陵上には塔ノ跡と称されるところがあり、奈良時代末期から平安初期頃の作となる布目瓦(ぬのめがわら)が散在している。またその中央には大きな石が置かれているが、おそらく付近一帯に建てられていた堂塔の礎石の一部だと思われる。本堂の前には松香石(しょうこうせき)製の層塔残闕(ざんけつ)があり、様式からすると平安後期の作であるという。
十一面観音立像 天平仏(奈良時代中期)を代表する仏像で、昭和28年国宝指定。天平16(744)年良弁僧正(ろうべんしょうじょう)開基時の仏像。 一木式木心乾漆造(いちぼくしきもくしんかんしつづくり)、漆箔(しっぱく)(下地の上に漆を塗り金箔で表面を加工)仕上げ。昭和期の高度な補修技術により現状の姿に整えられた。本体では、頭上面中の七面、右耳朶(じだ)、両手の指(右第五指を除く)、本体以外では天衣や持物などが後補されたもの。当初の蓮肉と敷茄子をそのまま使用し、そこに蓮弁と反花(かえりばな)、八稜形の框(かまち)を付け足した六重の蓮華座に、静かに安置されている。 像高:172.7センチメートル 重量:66.0キログラム。

観音寺本堂

観音寺説明板

11面観音

ここから酒屋神社へ。
酒屋神社
創建年月など不詳だが、かつて神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓遠征の際、神社背後の山に酒壺を三個安置して出立、帰国後その霊験に感謝して建てられたとも。本殿は明治9(1876)年の再建で一間社流造り、屋根に特徴があり、千鳥破風(ちどりはふ)と軒唐破風(のきからはふ)を配した姿は山城地域では県(あがた)神社(宇治市)本殿など、限られたところにしか見られない。神功皇后が朝鮮より持ち帰った“九山八海の石”が今もここにあるという。 また、河内国の酒造りを業とする中臣酒屋連(なかとみのさかやのむらじ)の一族が来往して、酒造りを伝え、祖神を祭ったものともいわれる。 佐牙神社とともに酒造りに縁のある神社である。祭神は、津速魂神(つはやむすびのかみ)と応神天皇。 近くには興戸の大池があり、初夏の青葉、秋の紅葉と季節によって様々な美しい姿を見せてくれる。
佐牙神社の方は酒造りということが中心になっており、一説には酒屋神社の方は、酒造りというよりは、その道具や器具を製作していたのではないかと考えられている。
古事記の中の文章でどこまでが事実かはわからないが、応神天皇の時代に、百済から酒造りの一族がやってきて、きれいな水が出るこの地に住み着いて酒造りを始めたと言う。 この人たちは「酒人」(さこうど)と呼ばれ、ずっと後になってから「こうど」と呼ばれるようになり、いつしかこの辺りの地名「興戸」 になったと伝えられている。

酒屋神社

酒屋神社

酒屋神社を出て、興戸駅の方に戻り、草内へ。
1時過ぎ、雨がポツポツ。やがて本降りとなった。
傘を差しながら宝泉寺に。

宝泉寺(法泉寺)
中嶋山法泉寺(なかじまさんほうせんじ)の創建は明らかではありませんが、本尊の大きさ5~6寸の十一面観音の金像が付近の草叢から出現。この周辺の地名「草内」の語源ともなっている。関東では海から出た例が多いですが、ここは海から遠いので草の中。以来、この付近は草内(くさうち)と呼ばれています。何故か郵便局だけ同じ漢字で「くさじ」の読みなのが不思議です。
天長年間(824~833年)の旱魃で日照りが続き、本尊に祈願したところ、清泉が湧き出てきたため、宝泉寺と名づけられ、雨乞い祈願の農耕守護仏として信仰されるようになりました。本堂は永禄2年(1559年)の戦火で焼失。元禄12年に再建されています。
門を入って左手にある十三重石塔は弘安元年(1278年)猪末行作の銘。
法泉寺は室町時代までは奈良興福寺の支配下で、鎌倉時代に西大寺の叡尊に拠る水害対策・渡しの整備があり、その供養記念として建てられたと言われます。

十三重石塔

宝泉寺

雨が強くなる中昨岡神社へ。雨は冷たく、傘が重く感じ、足のふくらはぎが少し張ってくる。
昨岡神社で雨宿り。神社の礼拝所に八十八歳米寿の祝いの額がたくさん掲げられていた。
初めて見た多くの額、この集落にはこのような風習があるのか。

昨岡神社 草内
創祀年代は健治年間(1274-78)といわれ、応仁年間(1467-1469)、永和年間(1504-1521)
に戦火で焼失したが、天文3年(1534)8月に再建されたと伝える。
古くは天神社と称したが、明治26年(1893)咋岡神社と社名を改めるとともに、それまでの
主神菅原道真を配神とし、倉稲魂神を主神とした。
本殿は春日造。春日造の形式は、中世に奈良興福寺の領地であった場合が多い。本殿は正面に軒唐破風(のきからはふ)をつけ、各所に蟇股(かえるまた)や虹梁(こうりょう)絵様を配して配色するなど装飾が多く、その細部様式からすると、江戸時代中期の建立と思われ、京都府の登録文化財に指定されている。

昨岡神社

昨岡神社

米寿の祝いの額 

雨は弱くならない、草内から飯岡へ。
まず、穴山梅雪の墓。徳川家康の武将、本能寺で乱を起こした明智光秀の一派のため逃走中、この地木津川の飯岡の渡し付近で憤死したという。しかし、穴山梅雪の話は始めて知った。

穴山梅雪の墓

墓地からゴロゴロ山古墳へて、飯岡山山頂の薬師山古墳へ。
ゴロゴロ山古墳は約60Mの円墳で継体帝の王子椀子(まりこ)王子の墳丘。その向かえにある薬師山古墳は椀子王子の子、桜井王子の塚で飯岡山の最高点にある。

ゴロゴロ山古墳

椀子山古墳 

薬師山古墳

薬師山古墳

雨の中、木津川に面した飯岡の渡し跡に。そばに舟形の東屋がある公園が作られていた。

飯岡の渡し跡

舟形の東屋

今日はここまで、近鉄京都線三山木駅に出て解散。
今日もよく歩きました。

東大阪歴史散歩の会 平群谷            2021/03/07

2~3日前の天気予報では雨模様と発表されていた。
9時過ぎ、平群駅に降りると抜ける青空と巻雲、巻雲は天気が悪くなる兆候と説明されたが風もなく穏やかな好天だった。

青空と巻雲

まず、三里古墳へ、道すがら目にとめた土筆が春の暖かさを感じさせるように迎えてくれた。

土筆

平群谷の古墳はほとんどが住宅のすぐ傍、案内板や石室が見られないと知ることは出来ない。
隣家の犬に吠えられながら細い小道を上って三里古墳に。
三里古墳の外形は大きく変形されており、天井石や側石の大半を欠く。
玄室奥壁には板石を使って棚をつくっており、これは大和では三例しか知られておらず珍しいらしい。
横穴式石室の特徴である家族墓的な性格がよくわかる例で、石室を数回にわたって開口し、追葬したそうだ。

三里古墳案内板

三里古墳

長屋王墓と妻吉備内親王墓へどちらも住宅地の中の小さな円墳、長屋王と吉備内親王の説明を聞く。

長屋王墓

吉備内親王墓

藤田家住宅(国重文)、大和棟が美しい住宅とあるが棟が少し痛んでおりなかなか維持管理が難しそう。文化財の保護の仕方について考えさせられる。

藤田家住宅

藤田家大和棟

白山神社、
神社入り口脇には双体道祖神と思しき二体の仏像のレリーフが彫られた石像が祀られ、
二の鳥居を潜り石段を上がると正面に弥勒堂。瓦の鴟尾が美しい。

白山神社案内板

双体道祖神

弥勒堂

其の右側に並んで割拝殿が建ち、その奥に浪速狛犬に護られた本殿が覆い屋内に建立され不思議な感じです。
本殿目貫彫刻・龍が眼を輝かせていました。

白山神社拝殿

IMG_龍の彫刻

旧道松尾道を歩く、田んぼのすぐ横少し広いあぜ道と言った感じの道。
ホトケノザ、ヒメオドリコソウ、カンサイタンポポとセイヨウタンポポ、キジムシロ、キュウリグサとかわいい草花が微笑ましい。

松尾道

ツボリ山古墳、民家と民家の間にポツンと古墳が取り残されている。急な石段を昇るとすぐ石室の入り口である。主体部は南に開口する両袖式の横穴式石室で、奥壁上段の石を内傾させている。
玄室と羡道奥に二上山の白色凝灰岩製の刳抜式家形石棺が納められている。

ツボリ山古墳案内板

ツボリ山古墳

平群中央公園、田舎には似つかない立派な公園です。(失礼)

平群中央公園

見晴らしの良い、上の東屋で昼食、陽射しがあり、風もなく紅梅を見ながらくつろぐ。
ここは下垣内城趾、西宮城趾を公園に取り入れた総合公園。

昼食場所の東屋

遊具広場

ロングスライダー

すぐ傍の西宮古墳へ
廿日山(はつかやま)丘陵南側の緩斜面に築造された、方墳で全面に貼石を施していたらしい。石室内には石棺の棺身だけが残っている
玄室は天井、奥壁、側壁すべて一枚石を使ったみごとなものである。こんな巨石にはなかなかお目にかからない。

西宮古墳案内板

西宮古墳の中から

西宮古墳

平群神社を経由して烏土塚古墳へ
平群谷最大の古墳で、巨石を用いた両袖式の横穴式石室が南に開口している。
墳丘長60.5m,前方部幅31m,後円部径35mの前方後円墳。
古墳時代後期(6世紀後半)の築造と推測、石室前庭部で埴輪を用いた祭祀跡が確認され、国史蹟に指定されている。

烏土塚古墳案内板

烏土塚古墳案内板

烏土塚古墳石棺

烏土塚古墳

ここから近鉄竜田川駅に出て一応解散。余力のある人は椿井城趾から平群駅へ。
今日も十分に歩いたので竜田川駅から帰宅。

東大阪歴史散歩の会 滝坂石窟群と春日山原生林    2021/02/14

柳生街道で知られる滝崎の道に点在する石仏群と石窟仏、ならびに春日山の原生林遊歩道から若草山をめぐる、史跡遺産と自然遺産と展望が同時に楽しめる、シニアむきの特別企画です。とある。

大阪区民カッレジ・東成校の友人の紹介で参加することにした東大阪歴史散歩の会。

午前9:00近鉄奈良駅東改札口集合、でも8:30に着いてしまった。
でも、会員らしき人は3~4人見かける。
しばらくして集合、紹介され、参加費300円払って資料をいただく。

行程と注意事項の説明を受けた後、出発、まず興福寺に。
興福寺には何回となく来ているが南円堂の西にある三重塔(国宝)は初めて知った。
こんな美しいかわいい塔をいままで知らないなんて、あまり歴史について真剣に見ていなかったと反省。

興福寺三重塔

興福寺を抜けて春日大社一の鳥居へ。
影向の松を過ぎ、右手に飛火野の鹿を見ながら二ノ鳥居へ、春日大社にお参りしてから若宮神社の方へ

影向の松

飛火野

滝坂の道に出る手前でトイレ休憩と滝坂の道の説明を聞く。

滝坂の道の最初は閑静な住宅がつづく、一軒の家に福寿草と桜草が満開、山野草好きの私にとって感激する風景。これだけでも満足。

福寿草

桜草SP

地道に入り、石畳の道がずっと続く滝坂の道、右手の流れの中にはいくつもの小さな滝。
かなり勾配がある、道の整備に石を敷かれた先人の技術と努力の跡が足裏に強く語りかける。

石畳の滝坂の道

最初の石仏は寝仏。よく分からない。でも、お花とお水が供えられている。

寝仏

朝日観音と夕日観音、どちらも弥勒信仰が盛んだった鎌倉時代の弥勒菩薩像。
美しい磨崖仏である、しかし、どちらも観音と名付けられたのは何故か。
後世の人にとって観音様の方が親しみやすいからか。

朝日観音

首切り地蔵の前の休憩所でお昼休み。
首切り地蔵の伝説はあまり面白くはないが立派なお地蔵様で街道の目印としてインパクトはある。

首切り地蔵

昼食後春日山石窟群へ、近道が土砂崩れで通行止めになり後30Mの所で後戻り、少し遠回りして到着、立派な磨崖仏がたくさん見られた。

春日山石窟群案内板

磨崖仏

地獄谷石窟群はこれより何倍も大きい規模と聞くが時間の関係で若草山の方へ。
大きな杉の木に囲まれた奈良奥山ドライブウェイを若草山目指して歩く。

春日山原始林

途中、鶯の滝へ希望者だけ荷物を置いて見に行く。この道は細く険しく少し足に堪える。

鶯の滝

滝を見た後、戻って若草山の駐車場へ、ここでトイレ休憩。
個々に若草山に、少し霞んでいるが展望は良い。

若草山からの展望

しかし、この辺から足の太ももに張りがでてきた。
後は春日奥山遊歩道を下るだけ。でもこの砂利道は容赦なく太ももに響いてくる。
ここでも下りの歩き方についてレクチャーを受ける。
でも惰性で山麓まで下りる。

何年ぶりかの道行き、春にような暖かさに恵まれ、どうにか持ったという感じ。
奈良公園で筋肉の疲労回復のクールダウンをして解散。
皆さんの元気さに感服する、ありがとうございました。

木の葉の栞作り                    2021/01/07

紅葉のシーズンになると、せっせときれいに紅葉した葉っぱを採取する。
きれいな葉っぱを押し葉して乾燥させ、ラミネートで仕上げる。
きれいな葉っぱはやはりきれいに仕上がる。
黄色い葉っぱは仕上がると茶色に変色しやすい。
きれいな葉っぱを拾い集めるのはかなり面倒である。
その年の紅葉は昼と夜との寒暖差や葉の光の当たり具合、空気中の湿度の具合により鮮やかさが異なる。
同じ木でも毎年きれいに紅葉してくれない。
また、季節の進み具合により、落葉の日にちは異なる。
気温の変化や降雨、風により葉の落ちる日が進んだり、遅れたりする。
雨が降って葉に泥が付くともう採集できない。
紅葉の落ち葉の採集時期は長いように思えるがタイミングが合わないと拾えない。

だから、この時期は注意して極力あちこちの公園に出かける。

昨年の晩秋は暖かく、急に温度が下がったので鮮やかな葉が多かったと思うが見るのと集めるのでは勝手が違う。

桜(ソメイヨシノ等)はどこの公園にもあり集めやすい。桜紅葉

今回は梅紅葉をたくさん集めようとあちこちの公園を渡り歩いたが、梅の木の葉のきれいな紅葉はなかなか見つけられない。梅紅葉

葉っぱのフレディの葉はアメリカフウ。アメリカフウは葉っぱが大きいのでF版や名刺サイズの葉を集めるのは至難の業である。
鶴見緑地公園にたくさん植えられているので今回も採取しに行ったが遅かったのかすべての木が裸になっていて一枚も拾えなかった。
他の街路や公園にはまだ青い紅葉していないアメリカフウもあったのに。

桜紅葉
桜は国花。一斉に咲き誇る、満開の艶やかな眺め、
一斉に散る、散り際の潔くも儚い美しさ。
花の美しさは言うまでも無い。
桜紅葉(桜の葉の紅葉)も花に負けず劣らず、美しい。
葉が大きく、厚いため、葉の表と裏で紅葉のようすが異なる。
また、一斉に紅葉しないため、樹全体の紅葉はそれほど印象に残らない。
しかし、葉一枚に眼を落とすと深い味わいがある。
赤色、燈色、褐色、黄色、緑色と、さまざまな色、
同じ一枚の葉の中に、それらの色が塗り分けられているものもある。
その鮮やかさ、しっとりとした美しさ、そして個々の美しさの違い、虫食いの痕・・・
他のどの木の葉より多彩に移ろう。この美しさを桜紅葉の栞で感じてください。

桜紅葉

梅紅葉
梅の紅葉・・・ 梅の紅葉なんて知らない
梅林が紅葉の名所・・・ そんな話 聞いたこともない
梅紅葉(うめもみじ)という言葉があるなんて知らなかった

淡く繊細で おとなしい色味
色づいてもほとんど目立たず、すぐ散ってしまう
知らなければ 見のがしてしまう
このささやかな美しさを 穏やかに愛でる
知っている人だけのご褒美

この味わい深い趣を こっそり届けたい

梅紅葉

桜紅葉                        2019/11/17

桜紅葉の落ち葉

11月も半ばが過ぎ、急に寒くなったと共に紅葉の季節になった。
今年も葉っぱの栞を作るためにきれいな紅葉葉を採取するためにせっせと公園に行く。
桜の花の美しさは言うまでも無いが桜紅葉(桜の葉の紅葉)も花に負けず劣らず、美しい。
葉が大きく、厚いため、葉の表と裏で紅葉のようすが異なる。
また、一斉に紅葉しないため、樹全体の紅葉はそれほど印象に残らない。
しかし、葉一枚に眼を落とすと深い味わいがある。
赤色、燈色、褐色、黄色、緑色と、さまざまな色、同じ一枚の葉の中に、それらの色が塗り分けられているものもある。
その鮮やかさ、しっとりとした美しさ、そして個々の美しさの違い、虫食いの痕・・・
他のどの木の葉より多彩に移ろう。
桜の木はどこの公園にもあり、集めやすいのも大きな魅力である。

桜紅葉

桜紅葉

公園緑地のグランドデザインは             2019/08/27

大阪市主催の2019年度グリーンコーディネーター育成講習会18期生の講習を6月5日から週1度のペースで受講している。
受講者は24名、参加メンバーはユニークな人ばかりで面白い。
しかし、大阪市はグリーンコーディネーターをどう活動させていくのか将来像ははっきりしない。
18期生なのでこれまでに500人ぐらいのグリーンコーディネーターがいるはずだ。
緑化ボランティアの活動の推進役になってほしいとのことだが、今の大阪市の行政は公園緑地の管理を指定管理者制度で管理経費の削減のみを重視しているように思える。

大阪市の公園緑地に対するグランドデザインは何なのか。

私は大阪市の公園緑地は都会における昔の里山と同じであると思っている。
公園緑地は都会において人と自然を繋ぐ、紡ぐ大切な場所である。
公園緑地の役割はいろいろあるが自然を顧みづらい現在では最も大切でかけがいのない場所と認識しなければならない。

公園緑地は昔の里山。自然と人とを結ぶところ。
人と自然の関わりで人を豊かに、里山も豊かに変貌してきた。
住民を豊かに、公園緑地も豊かにする。
これが私の公園緑地のグランドデザインである。

公園緑地は人と人とを結ぶ、繋ぐ、紡ぐ、綴る所。
人と自然は補うものである。
市民が集う公園緑地、開かれた生活の場、人と人のつながりを再生する場でありたい。

新天皇のお印 梓(あずさ)             2019/05/11

2019年5月11日(土)の新聞に天皇陛下即位の記念硬貨の記事の中で
金貨の表面には鳳凰と瑞雲を裏面には菊花紋章と天皇、皇后陛下の「お印」の梓(あずさ)とハマナスをあしらった。とある。

記念硬貨の裏面

新天皇のお印の梓(あずさ)はどの木が当てはまるのか。
中国の「梓」と日本で言う「あずさ」がそれぞれ違う樹木をさしていて、今では日本でもほとんど「あずさ」とは呼ばなくなったために、厳密には「あずさ」という和名の樹木はありません。

皇太子殿下と妃殿下雅子様のご結婚十周年記念硬貨の台紙には「キササゲの花」と雅子様のお印「ハマナスの花」が印されています。
日本国皇室でお選びになった、皇太子殿下、浩宮様の(お印)は“梓”(あずさ)ですがこれは“キササゲ”が当てはまると思っていました。

しかし、今回の記念硬貨の梓(あずさ)の柄はキササゲではなくミズメのように思えます。

ミズメの花

東京新聞2019年5月5日の記事に
前橋市柏倉町のカネコ種苗ぐんまフラワーパークは、天皇陛下のお印である「梓(あずさ)」の木の種を来園者に無料で配布している。六日まで。

梓 きささげ

一日百袋(一袋五粒入り)限定の先着順で、一世帯に一袋のみ。
 お印は天皇や皇族などが身の回りの持ち物や調度品を区別するため、幼少期から使うしきたり。梓はノウゼンカズラ科で「キササゲ」とも呼ばれ、白い花を咲かせて大きな葉が付くのが特徴だ。
 種の配布は皇位継承に合わせ、ゆかりの植物に興味を持ってもらおうと企画。種は土に植えると二週間ほどで発芽し、五~十メートルまで育つ。希望者は園内の休憩室で住所、氏名、電話番号を記帳してから受け取る。
 同パークの石橋照夫社長(70)は「一日の配布開始から連日好評で、午前十一時ごろには全て配布し終えている。令和の記念に庭や植木鉢などに植えてほしい」と話している。

また、新天皇の即位を祝ってお印である樹の記念植樹もあちこちで行われている。

その木はどの木が選ばれているのか、梓の木についての知識が深まり、木についての興味が広がることを期待します。

マンサク考                     2019/03/01

弥生3月、奈良東大寺のお水取りが始まるというのに暖かい日が続く。
杉花粉は嫌だが陽射しの柔らかさに誘われて服部緑地に出かけた。
今日の興味は早春に咲く花木(マンサク、サンシュユ、トサミズキ、ロウバイ)の開花状況。

マンサク、丁度花は見頃、きれいに咲いている。
名の由来は、花がたくさん咲くので「豊年満作」、春に他の花に先駆けて咲くことからまず咲く花でマンサクと名付けられたというのが通説である。
しかし、枝に枯れ葉が残り、枯れ葉の中の花は地味なので明るいイメージは少ない。
マンサクの名は古くはシイナとかシイバナと呼ばれたが、凶作を連想させる忌み言葉を嫌って、反対語である満作に改められたという説がわかるような気がする。

マンサク

マンサク

マンサク

サンシュユは蕾が膨らみかけで見ごろは早いが、蕾みの色も濃い黄色で満開のサンシュユは黄金色に輝き豊年満作のイメージに近い。

サンシュユの蕾

栞しおり  2018/07/05

昨日から雨が降ったりやんだり、昨夜は大雨になった。
雨の降るエリアが続けて集中して降る傾向になっている。
明日も明後日も雨が続く予報になっており、今まで体験できてない雨。
地球温暖化が少しずつ実感させられる。

葉っぱの栞作りをライフワークの一つとしてたくさん作っていきたいので栞について調べてみた。

しおり「栞」は「本に挟む目印の役割をするもの」という印象が強いかもしれませんが、これは日本のみでの使われ方で、本来は「木の枝を折ったり、削ったりしてできた道しるべ」の意味をもちます。
「栞(しおり)」という漢字は、同じ高さのものがそろっていることを意味する「干干」と「木」が結びついた漢字です。
漢字上部の「幵」は同じ物を2つ並べて、平らにそろえられている様子を表し、「栞」では「(木を)切りそろえる、削る」の意味で使われています。これに「木」を組み合わせて、木を削ってできた「道しるべ」の意味が生まれました。高さをそろえるために、削っているということです。
つまり、木を削り、帰り道の目印としたものことで「しおり」を意味する漢字になりました。

しかし、日本では「道しるべ」の意味よりも、本に挟む「しおり」のイメージが浸透しています。
栞(しおり)とは、本に布や紙などをはさんで、どこまで読んだか目印にするものです。
本にはじめからとりつけてある、平織の布のことも、しおりと言います。
この平織の布のことは、「スピン」、「しおりひも」ともいわれます。

さらに、「旅のしおり」などと言って、簡単に旅行さきのことをまとめた小冊子のことも「しおり」と言います。
本をどこまで読んだかの目印と旅の案内。
たしかに、本の目印と旅の行き先の目印になるということで、同じ「しおり」という言葉の意味になります。
本をどこまでよんだか、すぐわかるように、目印になるように はさむもの。
旅をするときに、どう行けばいいのか、探せるように、目安にする小冊子。
ともに、目印となるものですから「しおり」と言います。

もともとは、「撓る(しほる)」という、草木をたわめるという言葉が本当の「しおり」の由来です。
「草木をたわめる」とは「草木を曲げたり、しならせる」という意味になります。
草木を曲げたり、しならせたりして結び目をつくり、それを帰り道の目印として迷わないようにする。
そして、この撓る(しほる)が⇒「しをる」⇒「しおり」と変化していったものです。
さらに、撓る(しほる)の「草木を曲げたり、しならせる」という言葉の意味から枝を折って帰り道の目印としたことで「枝折」という漢字での表現が生まれたものです。
ですから、しおりを枝折と書くのは当て字となります。

「栞」は人気漢字で響きも可愛らしく、ぜひ娘や孫の名前に使ってみたいと思う人も多くいると思われます。
「栞」は1990年に名前への使用が認められた、比較的歴史の浅い人名漢字です。
元々は1981年にサザンオールスターズが発表した「栞のテーマ」という曲が人気になったことで、「栞」の認知度が高まったのが関係しています。
「栞」を名前に使いたいという要望が強まったことで人名用漢字として認められました。
ちなみに、女優の貫地谷しほりさんは親がサザンオールスターズのファンだったことから、「栞(シオリ)」の名前を検討したものの、生まれた1985年当時は人名漢字ではなかったため、かな表記の「しほり」となったそうです。
明治安田生命が発表する名前ランキングによると2010~2015年の6年間で、「栞」という漢字を含む名前は5回ベスト100にランクインしており、徐々に人気が高まってきている様子がうかがえます。
「栞」は字面が左右対称でバランスがとれていて、直線も多くすっきりした印象のある漢字です。
日々の努力によって、まっすぐ成長してくれそうなイメージがあります。
「しおり、道しるべ」の意味から「人生の道に迷わないでほしい」「人々を先導して案内できる人に成長してほしい」などの願いが込められます。
また「目印」は到着点に向かうための通過点のことなので、「小さな目標」とも置き換えられ、「地道に一歩一歩進む子になってほしい」との想いも込められます。

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